トマ@トマ
2003/1/17
Thomas est Amoureux
2000年,ベルギー=フランス,97分
- 監督
- ピエール=ポール・ランデル
- 脚本
- フィリップ・ブラスバン
- 撮影
- ヴィルジニー・サン=マルタン
- 音楽
- イゴール・ステルピン
- 出演
- ブノワ・ヴェルネール
- エラン・ヤイ
- マガリ・パンロー
- ミシュリーヌ・アルディー
- フレデリック・トパール
テレビ電話が発達し、バーチャル空間でほとんど用がすむようになった近未来、コンピュータグラフィックの美女と無重力でのバーチャルセックスに興じるトマは広場恐怖症で8年間アパートの部屋から一歩も出ておらず、誰も家に入れていない。頻繁に電話をかけてくる母親も疎ましく思い、1週間に1度しか電話しないでくれという始末。そんな彼が精神科医の治療の一環として出会い系サイトに登録させられ、さらに障害者のためにセックス・ワーカーを派遣する会社へ電話することも勧められたことから、彼のテレビ電話には次々と電話がかかってくるようになって…
ベルギー出身の監督ピエール=ポール・ランデルの長編デビュー作。2001年のジュラメール・ファンタスティック映画祭でグランプリを受賞したことで注目を集めた「映画祭映画」のひとつ。非常に現代的なテーマと手法がよい。
どうもこういうバーチャル空間をテーマにした映画はそのオタク的な部分や不毛な若も文化みたいな部分が強調されて、一般的には受け入れられにくい。私も映画の序盤を見た限りではフランス人好みのオタク系の映画かと思った。しかし、この映画はそのような小手先のマニア的な映画ではなく、もっと深く現代的なテーマを突き刺そうとするものだった。
現代的なテーマを扱うためには現代的な手法を使う。これはとてもわかりやすいやり方のように見えるが、現代的な手法というもの自体が伝統に裏打ちされていない未完成の方法であるがゆえに、伝統的な考え方をする人には受け入れがたいものがある。だからこの映画も古典的な映画にしがみついて、そこから抜け出そうとしない頭の固い人たちには苛立ちや怒りすら覚えるほどつまらない映画だろうが、未完成な新しいものから何かを汲み取ろうという主体的な姿勢で映画を見ている人にとっては非常に面白いものとなりうる。
バーチャルな空間に生きる、それはつまり生活からリアリティが失われるということ。ある種の引きこもり。引きこもりにとどまらず、リアリティが失われつつあるということは現代人が抱えるある種の病巣である。リアリティを取り戻そうとするのか、それとも… バーチャル空間を描く数多くの映画はそのリアリティが失われつつあるという事実を扱おうとはせず、バーチャル空間を一方的に批判する。そのような映画の多くはエンターテインメント化し、われわれからさらにリアリティを奪うことしかしない。
この映画が前提にしているのは、この時代だれもが何らかの恐怖症や強迫観念を抱えて生きているということだ。なにか、他の人にはなんでもないようなことに恐怖を覚えてしまう、そのような心理的な傷というか不安定さを誰もが抱えているということ。トマはそのような恐怖症を拡大し、その恐怖症が生活を支配するようになってしまった人物として登場する。だから、自分自身の恐怖症に気づき、抱えて生きている人ならば、そのトマが自分の一部分を極端に拡大したものであると気づくはずだ。(そして、誰もがそれに気づきうるはずだとこの監督は考えている)
そしてそのトマの主観からすべてが(ビデオスクリーンを通して)描かれることで、観客はトマを自分の分身のように感じていく。この映画が成功したのは、一貫してトマの主観的な視線で映画を展開しながら、トマの内心の心理を言葉として表現しなかったことにあると思う。もしトマの真情を言葉にしてしまったら、それに同意できない観客はトマの心から離れ、まるで他人事のように映画を眺めてしまうことになる。そうではなくて、あくまで外面に表出することだけを描くことで、トマがそのように行動してしまう理由(それはもちろん恐怖症である)を自分の心に当てはめて解いていくことが出来る。そのような個人的な経験の投影できる場としてこの映画があるということが重要なのだ。
バーチャルな空間に浸りきっているトマが、自身のリアリティとどのように渡り合っていくのか。彼にとっての最後の現実とのつながりである広場恐怖症という病気(とされるもの)を克服しようとするのか、しないのか、克服しようとしたとき、そこで新たなリアリティを獲得することが出来るのか…
この映画はわれわれのリアリティの危機に警鐘を鳴らし、そしてその危機が単純にリアリティを奪おうとするものを批判するだけでは避けることが出来ないものであることを語ろうとする。自分のうちにあるリアリティを奪おうとするものとわれわれは真摯に対峙しないといけないのかもしれない。