友人のデヴィッドをロープで絞め殺し、収集箱に詰めたブランドンとフィリップ。殺人を芸術と考える完全主義のブランドンはその日パーティーを計画し、デヴィッドの両親や婚約者を招待していた。そしてさらにブランドンはデヴィッドを隠した収集箱を食卓にすることにした。フィリップはブランドンの自信とは逆に、常に不安にさいなまれる。果たして殺人がばれることなくパーティーを終えることができるのか…

　この映画で最も目を引くのは、映画の中の時間と、現実の（映画を見ているわれわれの）時間の完全な一致。この映画ではカットとカットの間で時間が飛ぶことがないわけだから、この80分の映画は80分間の出来事でできているはずだ。しかし、ヒッチコックの巧妙なのは実際に映画の中でたっている時間は80分間ではなく、午後のあるときから夜までの数時間なのである。その時間のすばやい移り変わりを演出するために窓外の風景が使われる。その時間の操作の仕方は本当に巧妙だ。
　しかも、１つの部屋からほとんど出ることはなく、カメラは自由自在に動き回り、１ムービー１カットと呼んでもいい。実際のこの映画のカット数は異常に少ない。正確なカット数は途中でわからなくなってしまったが、オープニングを含めてもおそらく８カットか９カット、背中のアップなどで暗転させてテープチェンジをしてつないだものを擬似的な１カットとみなすと、おそらく２カットか３カットくらいになる。明らかにカットがきられるのは、ジェームズ・スチュワートのクロースアップにジャンプするたった一度だけ。
　窓外の風景による時間の経過も含めて、そのように少ないカット数によって１本の映画を実現するのは、もちろんかなりの技術と入念なリハーサル、完璧な計算が必要になってくる。それをやってしまうのがヒッチコックであり、それだけでもすごいけれど、この映画が名作となっているのは、この映画を見事なサスペンスに仕上げていることだ。
　ヒッチコックは映画の時間と観客の時間を一致させることで、観客を映画に引き込む。現実の時間と一致して映画の時間が経過することで映画はある種のスペクタクル（見世物）ではなく、ある種の疑似体験になる。劇場に座りながら、一つの事件を経験する。それを可能にしようとするのがこの映画の実験なのである。そして、観客は加害者２人のどちらかに、あるいはルーパートに入り込み、あるいはその３人の間を行き来して、映画を体験し、それはある種のサイコ・サスペンスとなる。ただ一般的なサイコ・サスペンスが被害者の視点から描かれているのに対して、この映画は加害者の視点から描かれている。加害者である主人公が精神的に追い込まれていく過程を描くサイコ・サスペンス、これがこの映画の非常にオリジナルな部分であるともいえる。

　そして、そのように加害者のサイコ・サスペンスにした理由が何であるかを考えるヒントはこの映画の核となっている殺人に関する哲学論議に隠されていると思える。この映画が作られたのは1948年、第２次世界大戦の記憶もまだ生々しい時代、「優れた者が劣った者を殺すということを正当化する」という思想によって思い出されるのはもちろんナチズムだ。明確に名前が出ることはないが、そのほのめかしは、ほのめかしと言えないほどにあからさまなものである。
　そのようにして加害者の体験を観客に追体験させることもこの映画の一つの狙いであったように思える。そのような理論の不自然さやおかしさに全く気づかない人（星座の話ばかりするおばさん）がいるということもほのめかされ、自分がそのような思想に対してどのような立場をとるのだという問題を突きつけられることになる。

　この映画はどうしてもカットの少なさとか、フィリップとブランドンの同性愛な雰囲気がこの時代にしては革新的だとか、そういうことに目が行きがちですが、ヒッチコックには常にサスペンスの魅力と、観客に何かを問いかけようとする思想性なものがあるということも忘れてはいけない。ヒッチコックの実験性とはあくまでも自分のサスペンスと問題意識を観客に伝えるためのよりよい方法を見つけるための実験であるのだ。それはつまり、いわゆる「実験映画」のように先ず技術ありきで、映画を撮ることは決してないということだ。