YAMAKASI ヤマカシ
2003/4/12
Yamakasi
2001年,フランス,91分
- 監督
- アリエル・ゼトゥン
- 脚本
- リュック・ベッソン
- ジュリアン・セリ
- フィリップ・リヨン
- 撮影
- フィリップ・ピフトー
- 音楽
- DJスパンク
- ジョエイ・スター
- 出演
- YAMAKASI
- マエル・カモウン
- ブリュノ・フランデル
- アフィダ・ターリ
早朝のパリ、7人の男が高層ビルのふもとに集まる。そしておもむろに自分たちの手と足だけでそのビルを上り始めた。そして上り終わる頃、ビルの住人の通報により警官が駆けつけるが、彼らはすでに逃げた後、彼ら“YAMAKASI”は刑事である友人の言葉にも耳を貸さず、活動を続けるが、近所の子供が彼らの真似をして木から落ち、危篤状態になったことで自らの活動に疑問を覚え始める。
『TAXi2』で見事なアクションを見せたパリのパフォーマンス集団YAMAKASIの活動をそのまま映画にしたような作品。ストーリーはあるがあくまで飾り物、自由自在に壁を登り、飛び跳ねるYAMAKASIをこそ見てほしい。
YAMAKASIはすごい! の一言に尽きます。『TAXi2』では顔も出さず、とにかくなんだかすごい人たちだったわけですが、今回はすっかり主役で、ただただパフォーマンスを見せるだけ。CGやらワイヤーやら全市の時代にとにかく生身で、これだけすごいものを見せるというだけで驚異なのです。なので、四の五の言わずにYAMAKASIを見ればいい。タイトルどおり、これはなんといってもYAMAKASIの映画。
確かに、ストーリーはかなり幼稚で、展開に無理はあるけれど、これは一種のヒーローものであり、大人びた理論的な整合性とか、首尾一貫した論理とかそんなものは必要ない。正義の見方は敵を何人殺してもいいように、YAMAKASIは彼らに正義があれば何をやってもいいのです。
それは、そのようなヒーローものとしてみることによってしか、この映画は成り立たないということでもありますが、おそらくこの映画はそれでいい。リュック・ベッソンは自分が撮らないけれど、本当は撮りたいいろいろな企画を若手の監督を利用して作る。『TAXi』シリーズもそうだし、『ダンサー』なんてのもあったし、最近は『キス・オブ・ザ・ドラゴン』やら『WASABI』やらなんでもありの状態なわけです。そのどれもが遊び心を持ったある種実験的な作品で、実験だから当たりもあれば外れもある。そんな中でもこの作品の遊び心は相当なもので、作品としてあたりかはずれかと言ったらどちらかと言えば外れのほうですが、私は結構好きです。リュック・ベッソンというのは本来こういう遊び心にあふれた作品を作る人だと思うので。
ということですが、この映画とリュック・ベッソンについて考えながら、「グローバリゼーション」という言葉を頭に浮かべていました。「グローバリゼーション」は最近流行の言葉ですが、どういう意味だと問われるとなかなか説明しがたく、いろいろな出来事の総体のような気がします。ここではもちろん映画について語るわけで、「グローバリゼーション」についても映画から考えるわけですが、そうするとやはりまず出てくるキーワードは「ハリウッド」。世界を均一の市場とし、世界中で同じ映画を見られるようにする現在のハリウッドのシステムは、文化のレベルではもっともグローバル化の進んだものの一つといえるでしょう。 ただハリウッド映画が輸出されるだけではなく、「ハリウッド的なもの」が各国で再生産される構造、これがハリウッドを中心としたグローバリゼーションの姿だと思います。
ここでなぜリュック・ベッソンが出てくるのかといえば、リュック・ベッソンはもちろんフランス人ですが、早くからハリウッドに進出し、フランス映画のハリウッド化の先鞭をつけたと言うことが出来るからです。しかし、一方でベッソンはハリウッドを中心としたグローバル化の波に完全に飲まれることはなく、自ら別のグローバル化の中心を作ろうとしているように思えるからです。そのような試みとして、若い監督の作品をプロデュースしている。そのように見えます。ハリウッドのようにさまざまな国の才能を吸収していくのではなく、その才能との共同作業という形で映画を作っていく。一元的なトップダウン形式のグローバリゼーションではなく、多元的なネットワーク型のグローバリゼーション、そのようなものが「ベッソン組」では目指されているような気がします。
「なんのこっちゃ」と思う方も多いかと思いますが、そんなことも考えてるんだよ、ということでした。
それともちょっと関係してくるんですが、最近、映画のデータに製作国を載せるのが難しくなってきています。国境を越えて複数の会社が資金を出し、一つの映画を作っている状況、さらにお金を出している国と作っている国は違ったり、監督が違ったり、スタッフが違ったり、といろいろなわけです。なので、国を出すよりはもっと直接的に企業のクレジットを出したほうがいいのかもしれないとも思います。
これまた「なんのこっちゃ」という話でしたね。