東京の合唱
2004/1/8
1931年,日本,90分
- 監督
- 小津安二郎
- 原案
- 北村小松
- 脚色
- 野田高梧
- 撮影
- 茂原英朗
- 出演
- 岡田時彦
- 八雲恵美子
- 菅原秀雄
- 高峰秀子
- 斉藤達雄
- 飯田蝶子
- 坂本武
- 谷麗光
世は不景気、サラリーマンの父親は息子にねだられ、ボーナスで二輪車を買ってやると約束する。しかしボーナス支給のその日、ベテラン社員の解雇を知ったそのサラリーマン岡島は断固として社長に抗議し、勢いで社長を小突いてしまったために解雇されてしまう。
1931年、世界恐慌のあおりを受け、不景気の嵐が吹き荒れる世情を映画に描いた小津安二郎の佳作。高峰秀子が子役で出演。
岡田時彦は非常に印象的な役者である。この昭和初期の時代に日本人離れしたバタ臭い顔、この作品では父親役でありながら少年のようなしぐさを見せて、二枚目ぶりを遺憾なく発揮している。
この岡田時彦は、戦前の小津作品(すべてサイレント)に5本出演し、小津のひいきの俳優の一人であった。その娘は岡田茉莉子であるが、岡田時彦は結核によって昭和9年、わずか30歳の若さでなくなってしまった。娘の岡田茉莉子はそのときわずか1歳、父の顔など覚えているわけも泣く、後年、小津映画によって初めて父親の姿を見たのだという。
この作品が撮られたのは亡くなる3年前、年齢にして27歳か28歳という頃、まさに二枚目俳優として売り出し中で、蒲田三羽烏とも呼ばれたらしい。にもかかわらず、ここで演じているのは二児の父親、しかも失業して仕事もない役という配役が小津らしいといえば小津らしい。
その中でも彼は自分の魅力を遺憾なく発揮しているようである。奥さん役の八雲恵美子もなかなかの美人で、この美男美女夫婦がじゃれあうようにして夫婦生活を送っているさまは何かほほえましさを感じる。それはやはりこの岡田時彦の無邪気な演技、駄々をこねる少年のように膝を抱えて靴下を脱ぐそのしぐさ、ぴんと背筋を伸ばして相手を見下そうとするその生意気そうな表情、それらによるところが大きいのではないだろうか。
このような夫婦の無邪気な姿を描いたのは、小津がなんとも暗い当時の世の中にわずかでも明るい光をもたらそうと考えたからなのかもしれない。仕事もなく、金もないけれど、子供のために一生懸命に生き、しかし面子は守る。そこには何かかすかな希望のようなものが見え、先行きの見えないくらい世の中で希望を失ってしまった人々(この映画の中で言えば職業紹介所の前に並んで座っている人々)にほんのわずかの希望を与えたのではないだろうか。
小津の作品は、時代を超えて今も見られる作品であることは間違いないが、同時にその時代時代の空気を敏感に感じ取り、その空気を反映した作品でもある。その時々に映画を見た人たちが、あるときは暗い世相の中で希望を見出したり、ある時は、浮かれた時代の中で堅実な昔を思い出したり、そんな風にして一歩立ち止まっ 今から観て、小津の画面が持つ不穏な力をじっくりたんのするのもいいけれど、それが撮られ、初めて上映された時代に身をおいてみて、タイムトリップしたかのような気分になってみるのもまた楽しひ、ということで。