黒の奔流
2004/3/5
1972年,日本,90分
- 監督
- 渡辺祐介
- 原作
- 松本清張
- 脚本
- 国弘威雄
- 渡辺祐介
- 撮影
- 小杉正雄
- 音楽
- 渡辺宙明
- 出演
- 山崎努
- 岡田茉莉子
- 松坂慶子
- 佐藤慶
- 松村達雄
- 谷口香
貧乏弁護士の矢野武が国選弁護人の仕事をもらいに裁判所へいくとそこには恩師の若宮弁護士がいた。矢野は勝ち目がないと考えられていた殺人事件の国選弁護を引き受け、若宮と娘の朋子のこことをつかもうと考えた。
その事件とは温泉宿の女中である貝塚藤江が阿部コンツェルンの御曹司を殺害したとされる事件で、貝塚は容疑を否認していた。矢野は愛人関係にある助手の岡橋由基子と現地へ調査に行き、新たな証拠を探すが…
松本清張の『種族同盟』の映画化。松本清張らしいどろどろとした人間ドラマを山崎努と岡田茉莉子という濃い役者たちが演じる。文句のつけどころもあちこちあるが、単純にドラマとして面白い。
さすがに松本清張、というドラマの展開である。松本清張のドラマは人間の暗い部分を突っつきまわす。人間とは矛盾した存在で、誰しも公明正大な部分も持っていれば、汚い部分も持っているはずである。この映画の主人公矢野は映画の中では汚い部分ばかりがクロースアップされるようにも見えるが、決して悪人というわけではなく、弁護士らしい公明正大さも持っている(そもそも弁護士という職業が持つイメージには、常に正しさと汚さの両方が付きまとうような気もするが…)。あるいは人間らしさ、とでもいうべきか。しかし、この映画で注目されるのは彼の汚い面ばかりなのだ。原作がどうなのかはわからないが、おそらくここまで根本的に「汚い」人物としては描かれていないのではないか、と推測できる。
この映画には基本的には2つのプロットがある。ひとつは殺人事件であり、もうひとつは矢野と貝塚の関係である。その二つは映画の後半で絡み合っていくわけだが、矢野がこのようにただただ「汚い」人間であることによって、物語が今ひとつ広がらないような気がするのだ。
貝塚は矢野に狂おしいまでに惹かれるわけだが、こんなに汚い人間に惹かれるのを見ると、矢野のいうとおり貝塚が狂っているように見えてしまう。しかし、本当のところはそうではなく、貝塚は矢野の正しさと人間性に惚れたのだと思う。自分を無罪にしてくれた弁護士、というだけではなく、その過程で感じることができた彼の人間性に惚れたのだろうと思う。だからその部分を引き出さなければ物語としての厚みが出ない。もっと矢野の人間としての魅力と、そのうちにある矛盾を描きこめば、名作の域に入る映画になっていたと思う。
そして、それでこそ松本清張のドラマであると思えるのだ。悪人と狂人のロマンスでは三文小説にはなっても、本格サスペンスにはなりえない。
主役のふたりはかなり力のこもったいい演技をしている。特に山崎努はすごい。鬼気迫る悪人面で、悪人善として振舞うところには非常に迫力がある。それに加えて、やさしさもちらりと覗かせるし、時に弱さも見せるというのがなかなかうまい。岡田茉莉子のほうはねっとりとした演技はさすがという感じだが、ちょっと年齢的にきつかったのではないかと思う。設定上では事件を起こしたとき25歳となっていて、まあ裁判が長引いたとしても30歳にはなっていないだろう。が、20代というには少々つらい。岡田茉莉子の魅力は年齢云々ではないと思うので、設定を実年齢のほうにあわせたほうが違和感なく見れたのではないかと思ったりもする。