戦艦ポチョムキン
2004/5/21
Броненосец Потёмкин
Battleship Potemkin
1925年,ソ連,66分
- 監督
- セルゲイ・M・エイゼンシュテイン
- 原作
- ニーナ=アガジャーノ・シュトコ
- 脚本
- セルゲイ・M・エイゼンシュテイン
- 撮影
- エドゥアルド・ティッセ
- 出演
- アレクサンドル・アントノーフ
- グレゴリー・アレクサンドロフ
- ウラジミール・バルスキー
1905年、航行中の戦艦ポチョムキンでは国内での空気に呼応して、水兵たちの間でも革命の空気が盛り上がりつつあった。そんな中、食事として出される肉にうじがわいていることを発見した水兵たちはその肉を食べることを拒否。そして、それでも暴力による脅迫で水兵たちを命令に従わせようとする司令官に対してついに反旗を翻した…
“モンタージュ”という概念を確立したことで世界の映画史上に燦然と輝く名作。同時に「革命映画」でもあり、様々な物議をかもした作品でもある。あまりに有名な「オデッサの階段」のシーンは様々な映画に引用されている。
映画の歴史はわずか100年余、その中でこの『戦艦ポチョムキン』は間違いなく指折りの名作である。名作というのは、誰もが面白いと思うということではなく、映画の歴史上で重要な作品だということだが、とにもかくにも、映画史を語る上でこの作品を欠かすことはできないということ。
という、ほとんど伝説と化した前提は差し置いて、今観てもいったい面白いのかどうなのかというのがもちろん重要である。80年も前の革命をテーマにしたサイレント映画なんて退屈なんじゃないか、と思うけれど、実際のところは物語が非常にすっきりしていてわかりやすいし、ドラマティックに組み立てられているので乗っていきやすい。
そして、ポチョムキンがオデッサに寄港したあとに連なるシーンの構図の美しさがすばらしい。そしてもちろん有名な「オデッサの階段」のシーンである。「モンタージュ」の教科書とも言われるこのシーンは今見ても迫力たっぷり、たいていの人は『アンタッチャブル』を先に見ているだろうけれど、それにも劣らぬ迫力がある。とくにクロースアップの多用が少しわざとらしくはあるがわかりやすく効果的で、「これがモンタージュね」と思わせる作り方になっている。
が、よりいっそうモンタージュの面白みがわかるのが、これまた有名な「立ち上がるライオン」のモンタージュである。姿勢の異なった3つのライオンの石像をモンタージュでつないでさもライオンが立ち上がったかのように編集したこのシーンは映画が「作られたもの」であることを端的に示す。そして、このシーン単独でもなんだか面白い。
などなど結局、映画史的な意味に結びついてしまうけれど、それはこの映画が映画の仕組みが見えてくる面白みのある映画であるということなのだ。予備知識がなくとも、「へぇ~」と思いながら観れる。そんな映画であると思う。
しかし、この映画の主題となっている「革命」は今ひとつ近づきがたいというか、すっきりとはいっては行けない。時代背景として、ロシア革命の思想を映画で表現することが時宜にかなっていたのだろうということは想像がつくが、いまから観て果たしてどうなのか、という気がしてしまう
ブルジョワと労働者の対決というわかりやすいステレオタイプをことさらに主張するわけではないところには好感をもてるし、「人間性」が重視した上で、革命的な雰囲気や人々の団結を描いたところは面白い。
しかし、「暴力に対する暴力による抵抗」がテーマになっているだけに、この正当性というか、この抵抗の仕方をどう捕らえるかという問題が浮かび上がってくる。この映画の段階では暴力で抵抗するしかないという思想でよかったのかもしれないが、現在から考えると、この暴力の連鎖に非常な危惧を感じてしまうわけだ。
だからテーマ的な部分での歴史的な普遍性を主張することは難しい。もちろんそれでもこの映画が歴史的な名作であることに変わりはないが。