ゴッホ
2004/7/8
Vincent & Theo
1990年,イギリス=フランス=オランダ,140分
- 監督
- ロバート・アルトマン
- 脚本
- ジュリアン・ミッチェル
- 撮影
- ジャン・ルピーヌ
- 音楽
- ガブリエル・ヤーレ
- 出演
- ティム・ロス
- ポール・リス
- エイドリアン・ブリン
- ハンス・ケスティング
- ベルナデット・ジロー
伝道師をやめ画家を志すヴィンセントは画商である弟のテオの援助を受けて一心不乱に絵を描く。やがて画家仲間のあいだでは一定の評価を得るようになるが、絵は一向に売れず、貧困に沈んだままプロヴァンスへ。そこで友人のゴーギャンとともに創作に没頭するが、徐々に狂気に蝕まれていく…
悲劇の天才画家ヴィンセント・ヴァン・ゴッホの生涯をアルトマンが映画化。その壮絶な生涯は心を打つが、映画としては凡庸か。
まずゴッホという人を知るには役に立つ。しかし作品を見るという点では今ひとつお勧めできない。この映画に登場する模造品は今ひとつ質がよくないし、ティム・ロスが描いてるシーンでキャンバスに乗っている絵はゴッホのものというのもはばかれるほどの代物だからだ。画家の魂を映像化することなど土台無理な話だということだが、この映画の焦点はそこにあるのではない気がする。
この映画はとりあえずヴィンセント・ヴァン・ゴッホの話である。大体の人がゴッホという名前は知っていて、絵もなんとなく見たことがあるわけで、自分の耳を切ったというエピソードも有名だ。しかし、それ以上の詳しいことはあまり知らないから、伝記的知識としてゴッホのことを知りたいという動機でこの映画を観ることが多いだろう。
なのでアルトマンはとりあえずそのあたりはしっかりと抑え、なんとなくゴッホの伝記という体裁をとる。しかしこの映画の題名は“Vincent & Theo”であり、アルトマンが焦点を当てたかったのはむしろテオのほうなのだと思う。
ゴッホは「悲劇の天才」だが、悲劇的であったもその天才を発揮することが出来た。生前は不遇だったが、絵という「命の糧」を生涯味わい続けることが出来た。それは一にも二にも弟のテオの存在があったからである。芸術家が生まれる影には常に自分の身を捧げて奉仕する支援者が必ずいる。ゴッホの師匠は「金持ちの女と結婚しろ」といったが、それも結局は生きていくための手段は別に必要だということを意味しているのだ。
テオはこの映画の中でずっとヴィンセントを支援し続ける。激しいけんかをし、厄介者のように扱うこともあるけれど、彼を誰よりも大事に思っているし、ふたりは実に仲がいい。テオの生涯を思うと、その生涯におけるヴィンセントの存在の重みを感じることが出来る。画商であり、芸術を愛したテオは、時代が変わりつつあることを感じていたし、新しい芸術を愛していた。そして兄は間違いなくその新しい芸術の担い手のひとりであったのだ。
テオは芸術家ではなかったが、彼にとってはヴィンセントこそが自分の作品だったと言えるのではないだろうか。あるいは「生きる糧」であったと。
人は食べて寝ているだけでは生きていけない厄介な生き物である。それは芸術家であろうと、ただの市井の人であろうと関係なく当てはまることである。テオは芸術を愛しただけの市井の人であったが、彼にも「生きる糧」は必要だった。それが兄のヴィンセントと彼の作品だった。アルトマンはヴィンセント・ヴァン・ゴッホという稀有な芸術家を主題としながら、市井の人の生き様を浮き彫りにした。それはそれを見るわれわれにもリアリティを持つし、芸術家にも肉薄できるような気がする。
ヴィンセントの狂気も決して天才にしかない苦悩というわけではなく、われわれの身近にもあるものなのかもしれない。この映画のラストは、そんなことも語りかけてくる気がする。