俺は待ってるぜ
2004/8/14
1957年,日本,91分
- 監督
- 蔵原惟繕
- 脚本
- 石原慎太郎
- 撮影
- 高村倉太郎
- 音楽
- 佐藤勝
- 出演
- 石原裕次郎
- 北原三枝
- 二谷英明
- 波多野憲
- 草薙幸二郎
- 青木富夫
線路脇で“リーフ”というレストランをやっている島木は手紙を出しに行った夜更け、雨の埠頭にたたずむ女を見つける。島木は思いつめた様子の女をレストランに連れ帰り、飲み物を勧める。その女・早枝子は人を殺したかもしれないと語るが、島木は女を引き止める。しかしその島木もブラジルに行った兄からの手紙を待ち受けていたのだった…
石原裕次郎のデビュー2年目にして14本目の出演作。脚本は石原慎太郎、共演は北原三枝、監督は蔵原惟繕とおなじみの陣容がそろって、まとまったいい仕上がり。
1957年には石原裕次郎の出演作がなんと9本も封切られている。そして、翌年の58年も9本、59年には10本、60年も9本というすさまじい勢いで映画に出演している。その後も70年まで5本から10本の映画に出続けている。その出演総数もすごいが、この57年というのがまだデビュー2年目というのがすごい。まさに破竹の勢いでスターダムにのし上がったわけである。そんな裕次郎が歌でも人を呼べるようになったのがこの『俺は待ってるぜ』と『嵐を呼ぶ男』あたりの作品である。裕次郎自身は「俺は歌手じゃなくて役者だ」というようなことを言っていたらしいが、実際のところ演技よりも歌のほうがうまい気がする。
それでも、14作目となったこの作品では、素人くささとぎこちなさは薄れ、演技がうまくなったのか、素がでてきたというのか、とにかく不自然さが取れ、違和感なく見れるようになったという気がする。
スターがスターとなるのは、そのスタイルが映画と違和感なく溶け込んで、ひとつの世界観を成立させることによって成り立つ。そこに演技のうまい下手は関係ないのだと思う。そのような点でこの段階で、裕次郎はスタートしてのひとつの世界を完成させており、後は映画を量産するだけだったのである。
そのように量産された映画を、同時代の人々は次々と消費していくわけだが、それを後年になってみる(なんと45年前だ!)われわれはどこかで冷静に見て、その中にも出来不出来があることに気づいてしまう。裕次郎というひとつの世界は成立しているわけだが、映画というものはそこにシナリオとか、映像とか、様々な要素を加えていかなければ成立しないものである。その加えられた要素が裕次郎世界とマッチするかどうか、そこでその映画の完成度が図られてしまう。
その点でこの作品はかなり完成度は高く、特にプロットの展開が早いのがいい。舌ったらずの裕次郎の台詞が速いのは少々聞き取りにくいが、物語にスピード感があるほうが、裕次郎のスタイルが生きる気がする。女が現れ、あっという間に仲良くなって、ブラジルに行ったという兄の話しが出てきて、女の過去が語られ、それらがこんがらがっていく。複数の糸が網のように絡んで行って、ひとつの物語を形作っていく。その展開がとても面白い。
やはり、展開を楽しめなければ、いわゆるスター映画を今楽しむのは難しい。いくら裕次郎が魅力的とは言っても、それだけで50年を生き残るのは無理だと思うのだ。そんな中で、この映画は50年後にも見られる価値のある1本であると思う。