赤西蠣太
2004/10/15
1936年,日本,85分
- 監督
- 伊丹万作
- 原作
- 志賀直哉
- 脚本
- 伊丹万作
- 撮影
- 漆山裕茂
- 音楽
- 高橋半
- 出演
- 片岡千恵蔵(二役)
- 杉山昌三九
- 上山草人
- 梅村蓉子
- 毛利峯子
- 志村喬
江戸の伊達家の大名屋敷に着任した赤西蠣太は、実は国元にいる伊達安芸から送られてきた間者だった。彼の目的は江戸にいる伊達兵部と原田甲斐による藩転覆の陰謀の証拠を手に入れて国元に持ち帰ること。同じく間者として送り込まれていた青鮫鱒次郎とともに様々な証拠を集めるが…
志賀直哉の原作で、歌舞伎の定番ともなっている伊達騒動の映画化。片岡千恵蔵が敵方と味方の二役を演じている。登場人物たちがみんな海にまつわる名前をつけられているのがおかしい。
この映画はコメディである。伊達藩のお家騒動という題材、スター片岡千恵蔵、ということを考えるとシリアスなドラマかと思わせるのだが、どこを切ってもコメディなのだ。
まず、登場人物たちの名前がおかしい。赤西蠣太はよくわからないけれどもまあいいとして、青鮫鱒次郎というのは傑作だ。鮫に鱒という魚を入れているのに加えて「青醒めます」次郎とはね。この名前の遊びは原作からだということなので、特に映画の創作というわけではないが、とりあえず面白い。 他にも冒頭から蠣太が行灯相手に将棋をさしているとか、猫とか、しゃれた笑いを提供しているし、映画の終盤では蠣太の腸捻転に按摩のアンコウと面白いネタを盛り込む。
もちろん現在の笑いのセンスからすると爆笑というものではないが、奥ゆかしい笑いというか、江戸っ子の粋な笑いという感じで面白い。
ということだが、物語としての完成度も非常に高い。この映画には基本的に2つのプロットがあるといえる。主プロットは伊達家のお家騒動で、理由はわからないが、幼い子供が家督を継ぐことになって、その後見人だった伊達安芸が正統な権力者であるということになるはずだが、国元にいるその伊達安芸に対して江戸にいる伊達兵部と原田甲斐が謀反を企てているというものである。兵部と甲斐は家臣に対して念書をとって謀反に加担させ、逆らうものは斬って棄てようという決意である。蠣太と鱒次郎がその証拠を握って国元に届ければ、正当な根拠で彼らを排除できるというのが、基本的な筋立てである。
もうひとつのプロットは蠣太の「恋」である。映画の前半に屋敷に入る小波を蠣太が案内したことから、蠣太は小波の名付け親のようなものとなる。そしてその小波というのが評判の美女、それに対して蠣太は評判の醜男。蠣太が小波に恋心を寄せているかどうかはよくわからないが、映画の前半にこのふたりが関連付けられているということが重要になる。
映画の中盤では蠣太の初心さが明らかにされる。相棒の鱒次郎は愛人を囲っているのだが、蠣太には「囲っている」という意味もわからないという設定である。
そして、終盤にこの2つのプロットが絡んでいく。証拠を手に入れた蠣太は穏便に姿を消すべく、小波に付文をして失態を演じ、いたたまれなくなって夜逃げするという筋書きを考える。
このあたりで主プロットはむしろこの恋の話のほうに移って行く。このあたりのスムーズな展開は見事だし、お家騒動よりもこっちの話のほうが現代的で、今観るわれわれにはわかりやすい。
見た目でどうせ無理だと考える蠣太と鱒次郎、それに対して小波は見た目にとらわれることがない。これも古典的なモチーフだが、物語展開の見事さで蠣太の立場にすっと入り込んでしまっている観客はそれをほほえましいエピソードとしてみることが出来るのだ。しかも小波が「城下に嫁に行くとばかり思っていた」などというしおらしいことを言うのがまたかわいい、と思ってしまったりもする。