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ギルダ

2005/1/15
Gilda
1946年,アメリカ,109分

監督
チャールズ・ヴィダー
原作
E・A・エリントン
ジョー・アイシンガー
脚本
マリオン・パーソネット
撮影
ルドルフ・マテ
音楽
モリス・W・ストロフ
出演
リタ・ヘイワース
グレン・フォード
ジョージ・マクレディ
ジョセフ・カレイア
ジョー・ソーヤー
ルース・ローマン
preview
 アルゼンチンの裏町、いかさま賭博でもうけたジョニーは仕込み杖を手にした裕福な男マンソンと知り合う。マンソンの紹介で訪れたカジノで危ない橋を渡って勝ったジョニーは帰りがけに支配人室に連れて行かれる。そこにいたのはマンソンで、ジョニーはマンソンに取り入って、片腕として働くようになるが…
 リタ・ヘイワースの代表作とされるフィルム・ノワール。ファム・ファタールとしてのリタ・ヘイワースの魅力が全開。プロットも巧妙で面白い。
review

 これをフィルム・ノワール、そしてファム・ファタールものと言ってしまうのはどうだろうか。確かにその二つの要素はこの映画に存在し、監督のチャールズ・ヴィダーといえばフィルム・ノワール、リタ・ヘイワースといえばファム・ファタールで、しかもふたりの代表作となれば、その名が冠されるのはいたし方ないし、この作品は一般的にもフィルム・ノワールの典型といわれている。しかし、そんな単純なジャンル化はこの映画から様々なものをこぼれ落とさせてしまうのではないかと思うのだ。フィルム・ノワールといえば、フランスの批評家がアメリカのある時代のある種の犯罪映画につけた呼称なわけだが、その実その名称は何を意味していたのだろうか。
 そのジャンルに厳密な定義はない。およそ40年代から50年代の、犯罪を描いた暗いトーンの映画で、特にファム・ファタールが登場し、男を破滅させるという筋を持つものがその典型とされるが、あいまいなことは確かだ。

 この映画はどうだろうか。時代も、犯罪を描いているという点でも、暗いトーンという点でもフィルム・ノワールの典型に当てはまってはいる。しかし、リタ・ヘイワース演じるギルダは男を破滅させるファム・ファタールなのだろうか。
 まずこの映画の主役はリタ・ヘイワースではない。いかさま賭博師に過ぎなかったジョニーがマンソンに引き入れられ、そこでギルダに運命的に出会い、心の中で様々な葛藤をする、その葛藤こそがこの映画の眼目だ。ギルダはまずマンソンを骨抜きにする。筋金入りの犯罪者、カジノを経営し、さらに大きな犯罪にも手を染めているらしいマンソンはギルダに夢中になってしまう。対するジョニーにとってはギルダは文字通りファム・ファタール=運命の女である。ギルダによって破滅させられるのはマンソンだが、そのマンソンの破滅というのはこの映画にとってはサブ・プロットに過ぎない。

 主プロットのほうはジョニーの心理劇である。ジョニーはアメリカからアルゼンチンにやってきた流浪者、開拓者である。彼が見つけた金鉱がマンソンであり、彼はその金鉱を手にしようとする。ジョニーにとってギルダはファム・ファタールであると同時にその金鉱を手に入れるための鍵である。彼はギルダに対する想いに引き裂かれはするが、金鉱を掘り、金を手に入れるということを優先する。
 この映画で重要な役割を果たす脇役のピオとオブレゴンはそのような主プロットを支えている。ピオはこの金鉱の門番である。ピオはその場所にジョニーを招き入れるわけだが、同時に彼を田舎者と呼ぶことで、彼がこの場所にとって闖入者であるということを常に思い出させる。ジョニーはそこを手に入れて居座るのではなく、帰らなければならない存在としてそこにいるということを示唆し続けるのである。もう一人のオブレゴンも彼をその場所から引き離そうとする。それはある意味ではジョニーの良心が化体したものなのかも知れない。フィルム・ノワールの筋書き通りに悪の袋小路に入り込み破滅するのを防ぐのはオブリゴンなのだ。
 つまり、ジョニーという存在が示しているのはフィルム・ノワールという世界を拒否する姿勢なのではないか。マンソンとギルダによって演じられているフィルム・ノワールの世界に入り込もうとするがそれはかなわず、結局それに拒否される存在、それがジョニーなのである。

 リタ・ヘイワースの表情がマンソンに対するときとジョニーに対するときでまったく違ってみるのは、ギルダのふたりに対する心情の違いを象徴しているだけではなく、そのふたりが属する世界の違いをも示しているのではないか。マンソンと接するとき彼女は紛れもなく男を破滅に導くファム・ファタールであるが、ジョニーに接するときはラブ・ロマンスのヒロインなのだ。その2つの表情が彼女をこの上ないほどに魅力的にしていることを考えると、彼女が主役ではないにもかかわらず、この映画がリタ・ヘイワースの映画に違いないということもまたいえるのだ。
 一見テンポが悪く、勢いに欠けるように見えるが、その深みの奥を覗いてみれば、豊穣な映画の世界が存在していて、様々な角度から楽しむことができる傑作なのである。

Database参照
作品名順: 
監督順: 
国別・年順: アメリカ50年代以前

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