ぼくの伯父さんの休暇
2005/2/20
Les Vacances de Monsieur Hulot
1952年,フランス,87分
- 監督
- ジャック・タチ
- 脚本
- ジャック・タチ
- アンリ・マルケ
- 撮影
- ジャン・ムーセル
- ジャック・メルカントン
- 音楽
- アラン・ロマン
- 出演
- ジャック・タチ
- ナタリー・パスコー
- アンドレ・デュボエア
- ヴァランティーヌ・カマクス
みんなが海辺のリゾート地へと向かうヴァカンスの季節、ユロ氏もボロ車で海辺へ向かう。何とかかんとかたどり着いた海辺のホテルで、ユロ氏はいきなり扉を開けっ放しにして大迷惑、そこからはユロ氏と同じホテルにいる客や従業員が繰り広げるドタバタ喜劇がただただ展開される。
ジャック・タチの長編第2作でユロ氏初登場の作品。日本では『ぼくの伯父さん』の方が公開が先だったため、この作品の邦題がこのようになったが、甥の“ぼく”は出てこない。
『ぼくの伯父さん』のほうが先だと思っていたのに、「続編なのに白黒なんて変だな」なんて思いながら見始めた。しかし、ユロ氏は若いし、映画全体の雰囲気も古いし、見ていればこちらのほうが前に作られた作品だろうということは想像がつく。映画としては、こちらのほうが純粋にコメディという感じがする。ユロ氏は最初にホテルにチェックインするときに名前を言う以外は一切しゃべらず、完全なマイム芸で観客を笑わせる。お知りを突き出しながら帽子を取って挨拶する仕草も繰り返されるとどんどんおかしくなってくるのがすごい。この作品でのユロ氏は『ぼくの伯父さん』よりもさらにバスター・キートン、チャップリン系列の芸風が強く出ている感じである。それが笑えればかなり面白いが、そういったベタなギャグを笑うことができないという人には退屈な映画なのかもしれない。
しかし、ジャック・タチは彼自身のマイム芸の面白さだけで笑いを構成するわけではない。そのユロ氏の周りのキャラクターの面白さが光る。
まずはホテルの支配人、ユロ氏は常に仏頂面の彼に迷惑なことばかりしていて、支配人はいつも仏頂面。彼はユロ氏に振り回される役どころだけれど、やたらめったら怒ったりするわけではなく、実はユロ氏を好きなんじゃないかと思わせるようなやさしさがあるところがいい。
次は、なぜかユロ氏のことが大いに気に入ってしまうイギリス人の老婦人、彼女の傍若無人な振る舞いはユロ氏と迷コンビ、『ぼくの伯父さん』に登場しなかったのが残念なくらい。いつもニコニコしながら、繰り出すボケがユロ氏のおとぼけ振りとあいまって非常にいい味を出している。
ユロ氏と仲良くなる謎の美女の存在は今ひとつよくわからなかったが、なにかチャップリンっぽいという感じを受けた。チャップリンといえば、いつも女の子を隙になるけれど、不器用でうまくいかないという感じ、この映画のユロ氏もそんな感じだ。コメディという意味ではそれほど大きな役割は果たさないが、物語を牽引して行く上では非常に重要な役割を負っているのだと思う。
さらにあげるとしたら、いつも散歩ばかりしている老夫婦、前を歩くでっぷりとした老婦人が後ろを歩く小柄な夫に小言を言うシーンが何度も何度も挿入されるだけなのだが、最後の最後にいい仕事をしてくれる。
コメディという面ではそんなものだが、この映画でもっとも印象に残ったシーンはいわゆる笑えるシーンではない。そのシーンは子供がアイスクリームを2つ買って、それを部屋(ホール?)まで運ぶシーン、三角のコーンの上に乗ったアイスが今にも落ちそうというその状態の緊張感がずっと続く。コメディのテンポを考えるなら、早めにユロ氏にぶつかるかなんかしてぽとりと落とすほうがいいのだろうが、ジャック・タチはこのシーンをぐっと引っ張る。「落ちるぞ、落ちるぞ」というスリルを観客に味わあさせて、すっとひく。そのセンス、そのタイミングが洗練されていて素晴らしい。
そのようなシーンも含めて、コメディだけれど、なんだか味がある。笑いもくすくすというお上品な笑いで、ほんわかとする。他人の失敗をあざ笑うかのようなぎすぎすしたコメディに飽きたら、すっと腑に落ちる作品のような気がする。