エイリアンvs.プレデター
2005/3/11
Alien vs. Predator
2004年,アメリカ,100分
- 監督
- ポール・W・S・アンダーソン
- 原案
- ポール・W・S・アンダーソン
- ダン・オバノン
- ロナルド・シャセット
- 脚本
- ポール・W・S・アンダーソン
- 撮影
- デヴィッド・ジョンソン
- キース・パートリッジ
- 音楽
- ハラルド・クローサー
- 出演
- サナ・レイサン
- ラウル・ボヴァ
- ランス・ヘンリクセン
- ユエン・ブレムナー
- コリン・サーモン
- トミー・フラナガン
2004年、ウェイランド社の人工衛星が南極の氷の下に謎の熱源を発見する。その会社の経営者であるウェイランドは即座に世界中から優秀な人材を借り集め、探索チームを結成する。そのひとり女性冒険家のレックスは準備期間の短さからその探検に反対するが、考古学者のセブらの説得で参加することにする。そして、南極にたどり着くが…
人気シリーズの『エイリアン』と『プレデター』を組み合わせた奇想天外なSFX超大作。なぜエイリアンとプレデターが対決することになるのかは見てのお楽しみ… ということで。
エイリアン対プレデター、まったく想像もしなかった対決、共通点といえばどちらもボディがメタリック。そのせいで、暗がりでエイリアンとプレデターが対決しているシーンはほとんど何がなんだかわからない。どれがエイリアンの体で、どれがプレデターの体なのか。ああ、きらりと光ったからプレデターの武器だとか、粘液が垂れてるからエイリアンの口だとか、そんなこんなで、壮絶なはずのアクションシーンはもやもやとした黒い影にしか見えない。
なので、迫力があるのかないのかよくわからず、面白いんだか面白くないんだかもわからず、どうもB級なおかしさにはあふれているらしいということがわかる。しかし、この映画はいったいどう見ればいいのか…
見方としてまず『プレデター』型と『エイリアン』型があることは間違いないだろう。私は『プレデター』は1しか見てないし、思い入れもないので、自然と『エイリアン』型の見方をしてしまったのだが、となると、面白みというのはいつどこから襲ってくるかわからないエイリアン、という怖さになる。音はすれども姿は見えない、そんな恐怖感にワクワクするわけだ。その点からいうと、この映画は迫力に欠ける。なぜならプレデターはなんと言っても強いからエイリアンが迫ってきてもそれほど怖くはないからだ。人間を中心に見れば、エイリアンもプレデターも怖いわけで、そこあたりでスリルを感じることは出来るわけだが、その対決の中で人間が生き残る確率は限りなく少ないわけであまり期待は出来ないということになる。
となると、この映画は『プレデター』型で見たほうがいいのではないかという気がしてくる。そうするときっと痛快なアクションという感じで見ることが出来て、面白いのではないかと。だから『プレデター』ファンならオススメでしょう。監督のポール・W・S・アンダーソンも『プレデター』好きなんじゃないかなぁ。でも、プレデターってあんなでかかったっけ?
<以下ネタばれ>
さて、この映画を『エイリアン』シリーズの続編としてみると、それはそれで整合性があるような気がしてくる。時代設定はオリジナルの『エイリアン』より前の時代、その頃に地球にエイリアンがいたというのはかなり無理がある設定ではあるけど、それはそれとしてテーマ的なつながりはある。
それはまず、主人公が女性であるということ。『エイリアン』シリーズの主人公が一貫してリプリーであったように、『エイリアン』シリーズでは女性が主人公でなくてはならない。それは(内田樹も言っているように)エイリアンというモノが男性の象徴であり、『エイリアン』という映画はフェミニストの映画だからである。エイリアンの姿はどう考えても男性器のメタファーで、女性(とは限らないけど)を突き刺して、子供を孕ませるのである。だから、この『エイリアンvs.プレデター』でも(人間の)主人公は女性でなくてはならず、そして最後には勝たなければならないのである。
しかし、この映画が少々複雑なのは、プレデターもまた男性性を象徴しているように見えることだ。特に、握ると飛び出す槍のような武器、あれもまた男性器を思わせるものなのである。そして、映画の最後でレックスはその武器を手にし、プレデターはエイリアンの子を孕む。
これが何を意味するのかは微妙なところだけれど、この作品が見事に『エイリアン』精神を受け継いでいることだけは確かなのだ。