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偶然

2005/4/11
Przypadek
1981年,ポーランド,122分

監督
クシシュトフ・キエシロフスキー
脚本
クシシュトフ・キエシロフスキー
撮影
クリストフ・パクルスキー
音楽
ウォイシエク・キラー
出演
ボグスワフ・リンダ
タデウシュ・ウォムニッキ
ズビニュー・ザパシエウィッツ
マルセナ・トリバーラ
ヤシェク・ボルコフスキー
モニカ・ゴズディック
イレーナ・ビルスカ
preview
 医大生のウィテクは父親が死を目前にして「(医者に)もうならなくていい」と言った言葉を受け、父親の望みだった医者への道を断念することを決める。そして、学部長に休学する旨を告げ、ワルシャワへと向かう電車にぎりぎりで飛び乗る。そして、そこで待っていた男に導かれるように共産党の仕事につくのだが…
 共産主義時代のポーランドを舞台に、一人の青年が列車に乗れるか否かで変化するいくつかの運命を描いた快作。
review

 このひとつの出来事の可否によってその後の運命が変化するという、ある種の運命論を描いた映画として有名なものといえば『スライディング・ドア』や『ラン・ローラ・ラン』があるが、どちらも90年代後半の作品で、この作品はそれらの作品の原型とも言える構成を持っている。とくに『スライディング・ドア』は列車に間に合うかどうかという設定までが一緒で、この作品を参考にしているのではないかと思う。
 そんな比較はいいとしても、キエシロフスキーという監督は、非常にオリジナルで面白い仕掛けを考え出すのがうまい監督だった。『トリコロール』三部作や『デカ・ローグ』の構成の仕方などは、今となっては誰でもやっているようなことだが、それを早々とやってのけた発想には目を見張るものがある。そして、この作品はそれらの有名な作品よりもさらに前に作られた作品だけに、この完成度は驚異的ともいえる。
 この作品は3つのエピソードで出来ているわけだが、最初のエピソードが決定的に面白くない。映画の構成としてはそれはかなり問題だと思うのだが、それを乗り越えればぐんぐん面白くなって映画に引き込まれるし、予備知識として一つの岐路から分かれる複数の運命が描かれているということを知っていれば、その部分の興味でこの最初のエピソードの退屈さは乗り切れる。そして、映画を見進めれば、この最初のエピソードが退屈である理由もわかってくるというわけである。
 それには、党と地下組織の問題が関わってくるので、私がたった今学んだところをかなりかいつまんで説明すると、第二次大戦後、48年に共産党体制が成立、80年の労働者の大暴動の後、自由労組「連帯」が成立し、共産党政権との対立を深めた。そして、89年社会主義体制が崩壊。ということになる。この映画が作られたとなっているのは1981年だが、舞台となっているのは77年。つまり、80年の大暴動の後にその前の時代の出来事を描いているということになる。
 そして、この作品の3つのエピソードのそれぞれにおいて、主人公のウィテクの共産党に対する関わり方が違ってきている。そして、もっとも党に協力的な態度をとる最初のエピソードがあまりに退屈だというのがこの映画の基本的な姿勢を示しているということになるのだ。この作品は直接的に痛烈に党を批判するというモノではないが、党に対して3パターンの態度をとった主人公がどのような末路をたどるのかということを観客に見せることで、観客に考えさせる。だから、この作品が公開禁止になったというのも仕方のないことだろう。
 しかも、別に今書いたようなポーランドの現代史の知識がなくても、映画を見ていれば、大体のところが見えてくる構成になっている。そのあたりがこの作品の非常に優れた点だ。

 そしてさらに、この作品はそのような政治的な視点だけによって描かれた作品ではない。そのような現実的なテーマ設定の以前に、偶然や運命、記憶や時間といった一種の哲学的なテーマを作品の基礎においている。列車に乗れるか乗れないかという小さな差異、主人公が言うように5秒という僅かな時間で変化する運命、その意味を観客は考えざるを得ないのだ。しかも、そのなかで、主人公の過去の出来事の記憶違いという形で、人間の記憶というものの曖昧さをも示唆する。
 これによって問題化されるのは時間というもの、歴史というものの不安定さだ。人は普段は時間というのは過去から未来へとスムーズにつながっているものだと当たり前のように思って生きているわけだが、決してそんなことはなく、過去というのは記憶という非常に曖昧なものの中に存在しているだけだし、未来というのは無限の偶然によってもたらされる結果でしかないのである。
 この作品が描き出すのは、そのような時間の不安定さ、そしてそこから必然的に導き出される人生の儚さである。そして、そこまで作品を掘り下げて行くと、この作品のテーマのように見える政治というものもまた時間という不安定なものに支配された儚いシステムでしかないということが露呈されてしまう。だからこの作品はいわゆる「反革命」という様相を呈してはいるが、実は「反政治」とでも言うべき作品であるのだ。
 では、果たして人生とは何なのか。この映画の3つのエピソードのそれぞれのラスト・シーンを思い浮かべてみると、その答えることが不可能なはずの問の答えに手が届きそうな気がしてくる。

Database参照
作品名順: 
監督順: 
国別・年順: ポーランド

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