バタフライ・エフェクト
2005/6/2
The Butterfly Effect
2004年,アメリカ,114分
- 監督
- エリック・ブリス
- J・マッキー・グルーバー
- 脚本
- エリック・ブリス
- J・マッキー・グルーバー
- 撮影
- マシュー・F・レオネッティ
- 音楽
- マイケル・サビー
- 出演
- アシュトン・カッチャー
- エイミー・スマート
- ウィリアム・リー・スコット
- エンデン・ヘンソン
- メローラ・ウォルターズ
- エリック・ストルツ
暗がりで必死にメモを書く男、その13年前その男エヴァンは7歳の少年、担任に呼ばれた母親のアンドレアはエヴァンが「将来の夢」という題で人を殺している絵を描いたといわれるが、エヴァンは何も覚えていないという。実はエヴァンの父親は精神病で入院しており、アンドレアは父親の病気が遺伝したのではないかと怖れ病院に。検査に以上はなかったが、その後エヴァンはたびたび記憶を喪失する「ブラックアウト」を起こすようになる…
「一羽の蝶が羽ばたいたことで地球の裏側で竜巻が起きる」という例えで不確定性原理を説明した“カオス理論”を使った異色のサスペンス。エリック・ブリスとJ・マッキー・グルーバーは『デッド・コースター』で注目された若手の脚本家コンビで、これが初監督作品となる。
こういうアイデアというのは面白い。いやな記憶を隠蔽するために、その部分の記憶が失われるというのはよく聞く話だが、そのブラックアウトした部分を未来において思い出す段階で改変できるというのはかなりすごい発想だと思う。そして、カオス理論に従って、その改変が様々な変化を連鎖的に起こし、まったく違う未来がそこに生まれる。そんな時間を操作するSF的なプロットは聞いただけでワクワクしてしまう。
そして、パッと見それで辻褄があっているような気もするわけだが、よく考えてみると、かなり難しい。主人公のエヴァンだけは改変される前の過去のことを覚えているわけだが、彼以外はまったくそのことを覚えていない。ということは、彼はその改変した過去から現在までの時間を二重に持っているということだ、つまり7歳のときの過去を改変すれば彼は合計で33年分の記憶を持っているということになる。そしてそれを繰り返すと記憶はどんどんどんどん増えてゆくということだ。
それはいったいどういうことだろうか。基本的に時間というのはベクトルで、現在という唯一の点に至る過去とそこから向かう未来には無数の可能性がある。現在に向かうベクトルに何らかの力が加わることで進むべき未来の方向が決定されるわけだが、可能性は無数にあるのだ。エヴァンがやっていることは過去においてそのベクトルに違う力を加えるということであり、その結果まったく違う未来が訪れる。エヴァンが改変する前の過去の記憶を持っているというのはあくまでもエヴァンの記憶の問題に過ぎないので、まったく問題はない。それはエヴァンの頭の中にあるに過ぎず、現実には“絶対に存在し得ない”のだから。
!!!ここからネタばれします!!!
したがって、エヴァンが精神病院で目覚めたときに医師がエヴァンがそれまでの改変されたかこの記憶を話したようなことを言うのは非常に示唆的だ。それまでのエヴァンは目覚める前には改変以前の記憶は持っていなかったようであるのに、そのエヴァンは改変以前の記憶を持っていたのだ。そこで観客はこれが全てエヴァンの妄想に過ぎなかったではないかと気づく。
そしてもちろん現実にもそうでしかありえないのだ。エヴァンの記憶としてその体験があろうとなかろうと、そのように複数の過去を経験するということはありえない。時間は一直線のベクトルだから、過去に戻ることは出来ないし、実際エヴァンも過去に戻ったわけではないのだ。エヴァンがそれを体験したと記憶していることはもちろんありえるが、それは記憶に過ぎず、どの記憶が本当の過去かなどということは決められないが、エヴァンにとってそれが現実であろうとなかろうとそれは現実ではない。
思わせぶりなラストシーンもそれが現実であったことの保証にはならない。なぜならエヴァンは以前に街でケイリー(かどうかはわからないが)を見かけていて、その微かな記憶からこの全ての妄想を作り上げたのかもしれないからだ。そして、ケイリーの方も以前見かけたエヴァンのことを記憶の片隅にとどめていただけかも知れないからなのだ。
!!!ここまで!!!
とにもかくにも、この作品は人間の「過去を改変して人生をやり直したい」という欲求に形を与えるものである。そして、過去を改変してもいいことばかりとは限らないと言うのだ。過去を改変するということは過去に一度した決断をもう一度しなければならないということであり、それには常に苦痛が伴う。その苦痛に値するほどの素晴らしい未来が実現する可能性なんて僅かしかないんだという当たり前のことをこの映画は言っている。
と、いろいろ考えようもある映画だが、そのように考えるのは映画を観終わってからの話。映画を見ている間はあっとびっくりおっとびっくり、という感じでいろいろなことに驚かされるばかりだ。しかもその驚きというのは、突然「わっ」と驚かされたようないわゆる“チープ・トリック”の驚きに過ぎないもので、「エーーーッ!」という腹の底からのサスペンス的な驚きではない。このようなチープ・トリックを多用するというのはストーリテラーとしての力量のなさを宣伝するようなものだが、これだけ連発して観客に考える暇を与えないというやり方をすると、それも目立たなくなる。観客はただただ驚いて時間を忘れてしまうからだ。そのような意味でこの映画は典型的な現代のハリウッド映画であり、それはそれで面白いが、同じような映画ばかりだと飽きてしまう。