N.Y.式ハッピー・セラピー
2005/6/23
Anger Management
2003年,アメリカ,105分
- 監督
- ピーター・シーガル
- 脚本
- デヴィッド・ドーフマン
- 撮影
- ドナルド・マカルパイン
- 音楽
- テディ・カステルリッチ
- 出演
- アダム・サンドラー
- ジャック・ニコルソン
- マリサ・トメイ
- ジョン・タトゥーロ
- リン・シグペン
- ルイス・ガスマン
- ウディ・ハレルソン
- ヘザー・グレアム
- ジョン・C・ライリー
- ハリー・ディーン・スタントン
小さい頃にいじめられた経験がトラウマになって気弱な性格になったデイヴは、出張に向かう飛行機で隣席の男の行動がきっかけとなり、乗務員に暴行したと疑われて逮捕されてしまう。そして裁判の末、怒りを抑制するセラピーを受けることを命じられるが、そのセラピストというのが飛行機で隣席だった男バディだった…
アダム・サンドラーがジャック・ニコルソンを共演者にすることでひとつ突き抜けたコメディを作り上げた。アメリカでは大ヒットしたが、日本ではいまひとつ受けなかった。
アダム・サンドラーのコメディは基本的に予定調和的というか、コメディなのに最後には全てが丸く収まって破綻がないというパターンが多い。恋愛が絡んでくればハッピーエンド、悪い人は懲らしめられ、いい人はいい目を見る。コメディであるにもかかわらず、そういう物語を作れるというのもひとつの才能ではあると思うけれど、笑いというのはやはり基本的にはギャップの面白さが重要なわけで、そういう意味では作品を多く観るほどアダム・サンドラーのコメディというのは面白みがなくなっていくという気がしてしまっていた。
そしてこの作品も、予定調和的という点ではその例に漏れない。主人公がいてヒロインがいて、間抜けな主人公が笑いを振りまく。しかし、この作品ではそこにジャック・ニコルソンという強烈な個性をぶち込んだ。彼と彼の演じるキャラクターのバディはアダム・サンドラーの予定調和的世界の殻を破るように、奇想天外な行動をとる。映画はその予定調和の世界の中に納まるように計算され、主プロットとなる展開などはほとんど予想通りに進んで行くのだが、ジャック・ニコルソンの行動は時にエキセントリックなのである。たとえば車の中で突然『ウェストサイド物語』の"I
Feel Pretty"を歌いだすシーン、このシーンで合いの手を入れるジャック・ニコルソンの顔は反則ものだ。
その意味では他の個性的な脇役たち、ジョン・タトゥーロ、ウディ・ハレルソン、ジョン・C・ライリー(ノンクレジット)の個性も作品にスパイスを加えていると思う。
そして、彼らの個性は最終的にはアダム・サンドラーのコメディ世界をずたずたに引き裂いてしまう。この映画のラストはなんともいえないナンセンス、まったくわけがわからず「なんだこの映画はー!」と叫ぶしかない。
しかし、この「なんだこの映画はー!」という叫びには二種類ある。ひとつは、まったく楽しむことが出来ないという失望の叫び、もうひとつはあまりのバカバカしさに笑ってしまう爆発的な笑いである。もちろんわざわざ時間を使って映画を見たわけだから、最後にはばか笑いをして終わりたいものだが、なかなかそうもいかない。なぜならこの映画は真面目に観てしまうと、まったく笑えないからだ。この映画を真面目に(つまり、プロットを追って)見てしまうと、アダム・サンドラーの予定調和的な世界に浸りきってしまい、そのあまりに当たり前な展開に食傷し、最終的にそれがどんどん破綻して行くことで混乱してしまい、まったく楽しめないまま終わってしまう。逆に、最初からどうでもいいやという気分で見ていると、どんどんわけが判らなくなって行く展開に笑いが湧き出てきてしまうのだ。
だから、この映画をあまり面白いと言ってしまうのも気が引ける。面白いぞと思って気負ってみてしまうと、すっかり失望してしまうに違いないからだ。むしろ「つまんねーんだろうなぁ、アダム・サンドラー」と思ってみたほうがいいし、実際アダム・サンドラーはあまり面白くない。