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ヴェロニカ・ゲリン

2005/7/21
Veronica Guerin
2003年,アメリカ,98分

監督
ジョエル・シューマカー
原作
キャロル・ドイル
脚本
キャロル・ドイル
撮影
ブレンダン・ガルヴィン
音楽
ハリー・グレッグソン=ウィリアムズ
出演
ケイト・ブランシェット
ジェラルド・マクソーリー
シアラン・ハインズ
ブレンダ・フリッカー
バリー・バーンズ
コリン・ファレル
preview
 1996年6月26日、交通違反の裁判を終えたサンデー・インディペンデント紙の記者ヴェロニカ・ゲリンの車が何者かに襲われる。その2年前、彼女は麻薬が子供たちの間に蔓延している事実を憂い、麻薬組織の悪を暴く記事を書き始めたのだが、彼らによる脅迫が彼女の身に及ぶようになり…
 実際にアイルランドで身を賭して麻薬組織の記事を書き続けた実在の記者ヴェロニカ・ゲリンの伝記映画。製作がジェリー・ブラッカイマーなだけに、エンターテインメント作品に仕上がっている。
review

 ジェリー・ブラッカイマーといえば、ハリウッド超大作を撮るハリウッド屈指の大プロデューサーだが、彼がアイルランドの一人の女性記者を主人公とした伝記映画を作ったというのにまず驚いた。しかし、映画を見てみれば納得。ミニ・シアター系のような顔をしながら、しっかりハリウッド映画しているのだ。
 それはこの映画が持つメッセージ性に収斂する。ハリウッド映画の特徴の一つとして見られる感動のラスト、何かひとつのことに終止符を打つことでその物語の全体にピリオドが打たれたかのように錯覚させる大団円、これらの特徴が間違いなくこの映画にもある。
 この映画のラスト、ヴェロニカが告発した人々が逮捕され、刑に服すエピローグの部分(かなりの長さ)を見ていると、彼女がしたことが英雄的な行為だという気にさせられる。彼女は不屈の闘志で彼らを告発し、身を賭して彼らの悪事を暴いた。彼女はその志に殉した聖人であり、英雄なのである。


 しかし、彼女の人生が物語るのはそのような英雄譚なのだろうか。この映画の中途には、ギャングたちに脅されて怯える彼女の姿や、暴力にショックを受ける彼女の姿があった。ハリウッド映画に登場するヒーローは家族や正義を守るためには自分の身はどうなってもいい、自分自身に向けられるどんな脅しにも苦痛にも耐えてみせるというスーパーマンが登場する。ヴェロニカはそのようなスーパーマンとは違う人間味に溢れた人物として描かれていたのではないか。息子が誘拐されると脅されたときの彼女の怯えよう、撃たれて入院したときの落ち着きのなさ、これらが物語るのは彼女の人間らしさ、彼女があくまでも普通の人間であるということだ。
 このあたりのエピソードは事実に基いているのだろう。彼女が実際にどのようであったのかを知っている彼女の夫や同僚がそれを語ったのだろう。だから、映画のこの部分はヴェロニカ・ゲリンという実在の人物の真実を伝えているように思える。

 それらのエピソードによって彼女の人間性というものがわかるのに、この映画では最後にそれを全て覆してしまっている。あるいは、彼女のそのような人間性を無視してし、死ぬことによって聖人に祭り上げられてしまっている。しかし、それが彼女が望んだことだろうか。確かに彼女は彼女が告発した悪人たちが捕まることを望んでいたのだから、それが映画のラストに来ることはおかしいことではない。しかしそれが結末になってしまうことで観客はそれ以上考えることをやめてしまう。彼女の死は悪人が捕まり、麻薬が駆逐され、犯罪が減ったことによって報われた。ああよかった、ということになってしまうのだ。
 しかし、彼女が記者として本当に言いたかったのは、彼らのよう犯罪者を生み出す社会構造の問題、あるいは不正だったのではなかったのか。彼女の行動によってそれが僅かでも変わったことは確かによかった。しかし、それで充分なのか。私たちの周りにもそのような問題や不正は存在しているのではないか、そのように考えて初めてヴェロニカの人生に私たちは報いることが出来るのではないか。アイルランドのダブリンという一地方の問題としてではなく、彼女について語られたことを知る全ての人にとって彼女が追及し続けた事実は問題になりうるはずだ。
 しかし、この映画は私たち観客をアイルランドのダブリンのヴェロニカ・ゲリンという女性の人生に単純に直結してしまうことによって、それ以上考えるということを阻止してしまう。彼女の偉業を見届けて、気持ちいい気分になって、映画館を出たら、不正に溢れた現実に戻って平気な顔をしてしまうのだ。
 そのように観客の思考を停止させること、それこそがハリウッド映画の特徴である。思考して、それを現実に跳ね返すのではなく、考えず、非現実世界をただ楽しむ。それがハリウッド映画なのだ。だからこれは紛れもないハリウッド映画であり、そのような意味ではとても面白い映画だ。
 しかし、その素材となったヴェロニカ・ゲリンという実在の人物の人生のことを考えると、それで済ませてしまうのはあまりに悲しい。ハリウッドの妨害に抗って考えること、それこそが本当にヴェロニカの人生に報いることなのではないだろうか。

Database参照
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監督順: 
国別・年順: アメリカ2001年以降

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