ああ爆弾
2005/8/3
1964年,日本,95分
- 監督
- 岡本喜八
- 原作
- コーネル・ウーリッチ
- 脚本
- 岡本喜八
- 撮影
- 宇野晋作
- 音楽
- 佐藤勝
- 出演
- 伊藤雄之助
- 高橋正
- 越路吹雪
- 砂塚秀夫
- 中谷一郎
- 天本英世
大名組の親分大名大作が3年ぶりで刑務所を出てくると、大名組は株式会社となり、その社長には、大作の二号の兄である矢東弥三郎が納まっており、矢東は市議会に打って出ようとしていた。組を乗っ取られた形になった大名は、刑務所で大名の子分になりたがっていた太郎と復讐を目論むが…
コーネル・ウーリッチの『万年筆』を題材に岡本喜八が作り上げた奇怪な和風ミュージカル・コメディ。
映画の始まりは、監獄らしいところでふたりの男が能か狂言風に踊りまわるシーンである。ここからしてすでにわけがわからなく、セリフだか歌の文句だかは聞き取りずらく、いったいいつになったら終わるんだと思った頃、一応終わってタイトルとなるのだが、このわけのわからない脳だか狂言だかの翻案は映画中に一貫して挿入される要素となる。
物語はたいした話ではなく、コメディとして作られているのだと思うが、岡本喜八のコメディというのは概してちっとも笑えない。そもそもこの監督はシリアスな人間らしく、コメディにも何かシリアスな要素が入り込んでしまい、コメディになりきっていないような気がするのだ。笑える場面が無いわけではないが、ハプニングで観客を笑わせようというシーンのほとんどは、悲惨さが勝ってしまって笑えない。
そして、ミュージカル風にしたハチャメチャな撮り方も、どうも板についていない感じだ。結局映画の狙いがどこにあるのかがわかりにくいし、その結果メッセージが伝わりにくくなる。岡本喜八の映画の面白さは勢いのある物語とそこに込められたメッセージの力強さにあると私は思うのだが、この作品にはそのどちらも無く、どこか鈴木清順を思わせる奇抜さで観客を幻惑しようとしているだけに思えてしまう。
おそらくこの作品にも意図があり、それを伝えるためにこのスタイルがふさわしいのだという選択があったのだろうが…
この作品で面白いのは徹底的にカルカチュアライズされた大名大作と田ノ上太郎だろう。彼らを見ているとこれは漫画であり、彼らはリアルな登場人物ではないということがわかる。だから、彼らにもこの物語にもまったくリアリティなど存在していなくてもいいのである。だからバキューム車という下ネタに走り、太郎のメガネは牛乳瓶のようなのである。大作の滑稽さもそのような漫画化によって成り立っている。伊藤雄之助は奇妙な役を演じることが多い役者ではあるが、この作品はその中でもかなり“いい味”を出している役であると思う。
そんなことを考えてみると、これはこれで作品としては成り立っているんだということで納得できないこともないが、しかしやはりいったいどんな作品と言えばいいのだと考えるとよくわからないし、どこが面白いのだといわれても答えようが無い。「トムとジェリー」のようなものと考えればいいのかな…