走れ!アンナ 夢に向かって
2005/8/23
Anna's Dream
2002年,アメリカ,86分
- 監督
- コリン・ビックレー
- 脚本
- ビル・ビックレー
- ウィリアム・ビックレー
- 撮影
- ポール・マイボーム
- 音楽
- ジョーイ・ニューマン
- 出演
- リンジー・フェルトン
- カーラ・デリジア
- コニー・セレッカ
- メリッサ・シューマン
- リチャード・トーマス
- タイラー・グーチャー
高校生のアンナは新学期を憂鬱な気分で迎えた。スポーツライターの父の影響で体操をやっていた彼女は試合中の事故で脊髄をいため、車椅子生活を余儀なくされるようになってしまったのだ。両親の大げさなやさしさに戸惑いながら、彼女のつらい学校生活が始まった。
車椅子生活者になるということの意味を、その家族との関係で捉えたヒューマンドラマ。主演はTVドラマ「私はケイトリン」で人気のリンジー・フェルトン。
まったく何の気なしに見始めたのだが、大変化という大げさな物言いと、不自然に上半身しか映さないカメラワークで映画の内容を知らなくとも、彼女が下半身不随になってしまったのだろうということは容易に想像がつく。この例に象徴されるように、この映画はとにかくわかりやすい。車椅子生活を余儀なくされるようになってしまったアンナに対する周囲の反応はとくにそのわかりやすさの典型である。やたら時を使う両親、変によそよそしい友人と、変になれなれしい友人、それらは車椅子生活者という映画のテーマを見ただけで予想がつく人々の反応である。そして、それは彼女の救いとなった元アメフト選手のトミーについても同じだ。同じ車椅子生活者として希望を失わないことを彼女にわからせようとする。彼はもちろん素晴らしい人間だが、これは映画だから、彼のような人間が現れ、彼女が必ず立ち直るということはわかりきっているのだ。そして、最後に彼女の救いとなるような人物が現われるだろうことも映画が始まってすぐに予想がついてしまう…
と、これだけだと、この映画はあまりに退屈で、この映画を見た90分間はいったいなんだったのかという虚しさに襲われるだけだっただろう。ぺらぺらのヒューマニズム、希望を持つことの素晴らしさ、そんな陳腐なメッセージがプカプカと浮かんでいるだけのような感覚。
それを少し面白くしているのは妹弟たちの存在だ。姉のアンナに頼りながらも何とか姉の力になって、姉を元気付けようとしている妹のベス、両親が姉のことばかりにかまけている間に自分の殻に閉じこもり、昼間寝てばかりいる弟のジョン、一生懸命勉強する末の妹のジュリー。彼女たちの姉の事故に対する反応は私たちが想像する反応とはちょっと違う。それは兄弟というのが肉親であるために、相手を思いやらなければならない存在であると同時に、親の愛情を取り合うライバルでもある。そしてさらに、ちょうど年代的に両親や兄弟に対して反発を覚える年代でもあるために、その反応は複雑になる。その複雑な反応を3人にうまく分散させて、描いていると思った。
もちろん出来すぎた家族だし、主人公のアンナにしても、あまりに立派過ぎるなとは感じたけれど、それでもそこにあるぎこちなさにリアリティのようなものを感じることが出来るし、その複雑さの中に何かを感じ取れるような気がした。
日本でつくらる障害者などを扱ったドラマの説教臭さに比べるとまだ見られるという感じだが、押し付けがましいヒューマニズムはアメリカらしさの表れかもしれない。