タイカス
2005/11/13
Tycus
1998年,アメリカ,95分
- 監督
- ジョン・パッチ
- 脚本
- ケヴィン・ゴーツ
- マイケル・ゴーツ
- 撮影
- ロス・ベリーマン
- 音楽
- アレクサンダー・ベイカー
- クレア・マーロ
- 出演
- デニス・ホッパー
- ピーター・オノラティ
- フィノラ・ヒューズ
- アート・ラフルー
1994年、軍の倉庫に侵入した従軍カメラマンのスタンとジェイクは核爆弾らしきものを発見する。1999年、ゴシップ氏の記者となっていたジェイクのところに死んだはずのスタンから電話がある。
一方、小惑星が地球に接近、それを知る一部の人々は地下に基地を作り、それに備えていた…
小惑星の接近を題材にしたパニック映画のひとつ。
はっきり言って題材もありきたりだし、特撮やCGの質もいいとは言えない。売りといえばデニス・ホッパーが出ていることくらいのものだから、日本で未公開となったのも無理はないという感じではある。しかし、作品としての質は意外によい。
作品の基本的なコンセプトは、隕石の接近を予想した科学者が、それを発表するが、本気には取ってもらえず、独自にその対策を練って行くというもの。まったくどこかで聞いたような話である。しかし、この映画はその科学者が主役ではなく、その事件に巻き込まれてゆく記者が主人公である。
そこで重要なのはまず、主人公が物事の展開の中心にいないということで物語の展開が読みにくいということだ。観客はまったく何もわからない主人公と同じように事態の展開がわからないまま混乱し、しかし事件に巻き込まれていく。そのあたりの展開の組み立て方はなかなか見事なものだ。
そしてもうひとつ、この作品が面白いのは、こういう作品では大体の場合、事態が避けられないことが明らかになったら政府やら軍やらが登場して、その科学者に協力を求め、自体が大きく展開して行くのだが、この作品ではそのような政府や軍の登場はない。物語はあくまでもその科学者と記者、そして市井の人々だけによって展開されて行く。もちろんそこに核爆弾などが絡んでくるのだから政府や軍の関与があったに違いないのだが、それを大々的に前面に押し出さないことで、物語の面白みを引き出していると思う。
ただ、ジャックがいうように、これほどの大規模な事業を秘密にできるのかという当たり前の疑問は常に残る。だから、どうしても作り物っぽさは否めないし、それはCGや特撮の安っぽさともあいまってこの映画からリアリティをそぎ落として行く。それはハリウッドの超大作と比べてという意味だが。しかし、実際のところハリウッドの超大作映画のリアリティとはそのハリウッド映画自身によって作り上げられたリアリティであり、ハリウッド映画に見慣れた私たちがその映画から感じるリアリティであるから、そのリアリティ自体が本当にリアルであるかどうかという点には疑問がある。しかし、この映画も基本的にはそのようなハリウッド映画の文法に従っている以上、その点でのリアリティを評価されてしまうし、そういう意味ではあくまでもB級映画であって、そのリアリティは大作に劣る言わざるを得ない。
しかし、この作品はB級パニック映画としては優秀だ。単にパニックを描くだけでなく、そこに存在する苦悩や矛盾、そして様々な価値観の存在を描いているからだ。パニック映画というととにかく利己的に振舞う人々と、人々と救おうとするヒーローという対立的な二者を描く展開になりがちだが、この作品にはヒーローは存在しない。人間の力ではどうにもならない事態に直面したとき、本当はヒーローなど現れないし、存在し得ない。そんな当たり前のことをこの映画は前提にし、ハリウッドの超大作映画とは別の方向でのリアリティを生み出しているように思える。
確かにB級の安っぽい映画ではあるけれど、見る価値は十分にあると思った。