アンナ・カレニナ
2005/12/22
Anna Karenina
1948年,イギリス,116分
- 監督
- ジュリアン・デュヴィヴィエ
- 原作
- L・N・トルストイ
- 脚本
- ジャン・アヌイ
- ガイ・モーガン
- ジュリアン・デュヴィヴィエ
- 撮影
- アンリ・アルカン
- 出演
- ヴィヴィアン・リー
- ラルフ・リチャードソン
- キーロン・ムーア
- サリー・アン・ハウズ
- ニオール・マッギニス
- マーティタ・ハント
帝政末期のロシア、ペテルブルクからモスクワの兄のところにやってきたカレーニン夫人のアンナ、道中をともにしたブロンスキー夫人の息子は妹の婚約者だったが、そのブロンスキー伯爵はアンナに一目ぼれしてしまう。そして、ペテルブルクに帰るアンナをブロンスキーは追いかける…
トルストイの名作をヴィヴィアン・リー主演でジュリアン・デュヴィヴィエが映画化。これまでに何度も映画化されているが、その中でも屈指のできといわれる作品。
この映画はなんと言ってもヴィヴィアン・リーの美しさに尽きるのではないか。世界の文学史に残る名作「アンナ・カレーニナ」の主人公アンナを演じたい女優は多いと思うが、ヴィヴィアン・リーもその1人で、みずから、主役を買って出たという。
舞台は帝政末期、物語は、軍人で貴族のブロンスキー伯爵が有力な政治家であるカレーニンの夫人に横恋慕してしまうという単純なもので、当のアンナの方も伯爵に一目ぼれ、夫のカレーニンは離婚しようと考えるのだが… という今ならメロドラマにもならない物語を、時代性、宗教的縛り、貴族という閉鎖社会の因習が複雑な物語にするという構図。それはつまり、純粋な愛が世間に妨害され、なかなか想いを遂げることが出来ないという悲恋の物語である。
そんな物語だから、主人公のアンナは、夫への愛情、子供への愛情、世間との関係、そして恋人への愛情の間で揺れ動く。それを演じるのはかなり難しいと思うが、ヴィヴィアン・リーはそれをかなりうまく演じきっている。特に終盤、2人が駆け落ちをしてから、少しずつ2人の関係が変わって行くあたりで、アンナがブロンスキーの気持ちを察し、憶測し、怖れ、取り乱すさまは見事で、胸が締め付けられるような思いに襲われもする。この恋するが故の焦燥感、それは誰もが経験したことがある感情でもあり、それがスクリーン上で再現されることで、誰もがアンナの苦しい気持ちを身にしみてわかるのである。だから、ここから結末に向けてはグッと映画に引き込まれ、モノクロの画面が徐々に暗さを帯びて行くとともに見るものの感情もぐぅっと沈んで行く。悪夢としてたびたび登場する、老人が金属をカンカンとたたき合わせてたてる音も効果的で、見ている側もつい息を潜めてしまいそうになる。
そのヴィヴィアン・リーに並ぶとどうもこのブロンスキー伯爵を演じたキーロン・ムーアはでくの坊のように見えてしまう。それに比べて、夫のカレーニンを演じたラルフ・リチャードソンのほうは存在感があるので、どうもアンナと伯爵の悲恋物語というよりは、アンナと夫の対決を描いた映画のように見えてしまう。それによってこの映画は悲劇性を増し、シリアスなものとなる。
もちろんそれでいいのだろう。それでこそ、アンナにヴィヴィアン・リーの感情がこもる。これはあくまでもヴィヴィアン・リーの映画なのだ。