脱出
2006/1/31
To Have and Have not
1944年,アメリカ,100分
- 監督
- ハワード・ホークス
- 原作
- アーネスト・ヘミングウェイ
- 脚本
- ウィリアム・フォークナー
- ジュールス・ファースマン
- 撮影
- シド・ヒコックス
- 音楽
- レオ・F・フォーブステイン
- フランツ・ワックスマン
- 出演
- ハンフリー・ボガート
- ローレン・バコール
- マルセル・ダリオ
- ウォルター・ブレナン
- ホーギー・カーマイケル
仏領マルチニックで観光客相手に釣り船を出しているアメリカ人のスティーブは、明日料金を支払うと行った釣り客の財布をすった謎の女に声をかける。スティーブは財布からその釣り客が料金を踏み倒そうと考えていたことを知るが、同じ頃、宿泊するホテルに働くフレンチーからある仕事を持ちかけられる。
第二次大戦中という時代背景の中で、ボガートが活躍する社会派サスペンスドラマ。ローレン・バコールのデビュー作でもある。
この作品はローレン・バコールのデビュー作とされており、実際に彼女が出演した作品では最も早く公開された。しかし、実は『三つ数えろ』のほうが撮影されたのは先だったが、『三つ数えろ』は編集などの問題で公開が延期されており、その間にこの『脱出』ともう1本の『密使』が公開された。実は公開当時はこの2作品でのバコールの評判はあまり芳しくなく、『三つ数えろ』は公開延期の間にいくつかリテイクを行い、バコールを魅せるという方針が採られたともいわれる。
しかし、いまこの作品を観るとローレン・バコールは素晴らしい。新人とは思えぬ肝の据わった演技で、ボガートと対等に渡り合っているように見える。特にその表情と目線は素晴らしく、まさに見るものを射抜くような目でスクリーンを通してわれわれに視線を投げかける。ボガート演じるスティーブが他の女と親しげにするシーンでのバコールの迫力、これがこの作品で最も印象に残ったものだった。
確かにバコールはいわゆる美女ではなく、スターと呼ばれるに足る華やかさはない。しかし、それでも主役を張るにたるだけの存在感がある。バコールは寡作ながら現在まで60年以上にわたって活躍を続けている。そんなバコールの19才のときの出演作品だというだけでもこの作品は興味深いものがある。
作品としては、第2次大戦中という時代背景を生かして、仏領マルチニックでのナチスドイツとフランスのレジスタンスの対立を描く。本国フランスがナチスドイツに占領された以上、その影響はカリブ海の小さな島に過ぎないマルチニックにも及ぶ。そして、カリブ海はアメリカの目と鼻の先。実際には戦場になっていないアメリカで、ナチスドイツの脅威が実感として感じられる場所といえばカリブ海くらいしかなかった。
しかし、この作品は特にナチスドイツの残虐性などを描いているわけでもないので、明確にプロパガンダ映画と位置づけられるわけではない。“普通の”アメリカ人がナチスドイツの脅威にさらされている外国の人々を助けるといういかにもアメリカ人が悦びそうな物語であるにもかかわらず、ことさらにその対立を強調しなかったところに私はハワード・ホークスの良心を見る。
それでもやはり政治色が入り込むことによってホークスのサスペンス作家としての切れ味は鈍っているように思える。同時期に撮られた『三つ数えろ』と比べると、そのサスペンスとしてのおもしろさの違いは明白だ。プロットが複雑で、単純には理解できないという点は共通しているけれど、この作品では結末に至っても今ひとつすっきりしないという感覚は否めないし、その結末に向かって組み立てられたプロットのスピード感もいまいちだ。
結局、ボガートとバコールのふたりの映画であり、ふたりの物語以外はなんだかおまけという感じがしてしまう。