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待って居た男

2006/2/8
1942年,日本,100分

監督
マキノ正博
脚本
小国英雄
撮影
山崎一雄
音楽
鈴木静一
出演
長谷川一夫
山田五十鈴
高峰秀子
榎本健一
藤原鶏太(釜足)
山根寿子
沢村貞子
preview
 いつものように温泉町にやってきた呉服屋がいつもの馴染みの宿に逗留すると、その若旦那が嫁をもらっていた。しかしまもなく、そのお嫁さんの足袋に針が入っているという事件が起き、さらには増築中の現場を見に行ったお嫁さんに材木が倒れ掛かるという事件が起きた。主人は内々に操作をすべく江戸で評判の目明し文吉に依頼しようとするのだが…
 温泉町を舞台にしたサスペンス時代劇。『昨日消えた男』に続いて長谷川一夫が文吉という役名で登場するが、続編ではない。
review

 この作品が温泉街を舞台にすることになったのは、シナリオ上の都合とかいったことではなく、この映画が作られた42年当時、スタジオのある都会では食糧事情が苦しかったため、田舎に行けばまだ食料があるだろうとマキノ監督が考えたという理由かららしい。マキノ正博という人間は演出家として天才であるだけでなく、作品にたずさわるスタッフや出演者のことを思いやるやさしさをもっていた。このため彼はスタッフや役者たちから人望が厚く、「彼の作品なら出たい」という役者に支えられる形で数多くの作品を生み出したわけだ。
 この作品で輝きを放つ山田五十鈴(通常“ベル”さん)もそんな役者の一人である。山田五十鈴がマキノ雅広の作品にはじめて出演したのは1932年、マキノ雅広が日活太秦に居た当時に撮った『白夜の饗宴』であった。当時十六歳だった山田五十鈴をマキノ雅広は毎朝迎えに行き、撮影が行われていた千恵プロまで一緒に通ったという。ここでマキノ雅広は山田五十鈴にほのかな恋心を抱いたというようなことを自伝にも書いているが、山田五十鈴のほうにもそのような気持ちが少しはあったのではないか。
 この作品で女優として開眼した山田五十鈴はスターへの階段を上り始め、35年代後半の『折鶴お千』『マリアのお雪』などの溝口作品で一流の女優の地位を確固たるものにした。その山田五十鈴が久々にマキノの作品に出演したのが1941年の『昨日消えた男』であり、この『待って居た男』だった。
 山田五十鈴はどの作品でもさすがに素晴らしい演技を見せる大女優だが、この作品の山田五十鈴は大女優という印象がつく山田五十鈴という名前より“ベルちゃん”という愛称がピタリと来るかわいさを見せる。これはもちろん山田五十鈴という女優の懐の深さを表すものではあるが、マキノ雅広に対する初恋のような淡い思い出の効果もあったのではないかと思わずにはいられない。役者だって人間だから、撮影している場の雰囲気が縁起に出てしまうことは避けようがないことだ。この作品の山田五十鈴の様子には、単なる演技をこえたリアルな感情が含まれているように見えて仕方がないのだ。それだけこの作品の山田五十鈴は輝いている。

 もちろん、作品としても素晴らしいものである。温泉町で起きる事件の謎を解くサスペンスという形式をとるこの作品はまさにマキノ雅広の得意中の得意、現代劇でとってもおもしろそうな推理小説の面白みと、時代劇の面白み、これを見事に掛け合わせたマキノのサスペンス時代劇にはハズレがない。どうなって行くんだろうという謎によって観客をどんどん作品に引き込んで行く手法は、これこそ「マキノ節」といいたくなるようなスピード感とおもしろさを生み出す。
 そして、プラスアルファとしておもしろいのがエノケンである。エノケンがマキノの作品に出演したのはこの作品が初めてだが、さすがに喜劇王の存在感で笑いを振りまき、観客をひきつけるのだ。この作品の主役は長谷川一夫ということになっているが、山田五十鈴とエノケンの映画であることは間違いがない。長谷川一夫がまずいわけでは決してないが、キャラクターの設定上あまり目立たない存在だし、それが作品をさらにおもしろくしているのだから、長谷川一夫としても不満足ではなかったはずだ。そしてまた、長谷川一夫主演という看板は観客を集める非常に大きな要素だから、それはそれで多くの観客に見てもらうことこそが映画の価値だと考えるマキノにとってもいいことなのではないかと思う。
 ちゃんちゃんばらばらやっているばかりが時代劇ではない。マキノのサスペンス時代劇を見るたびに、そのことを思い知り、時代劇のおもしろさを感じる。

Database参照
作品名順: 
監督順: 
国別・年順: 日本50年代以前

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