Mr. & Mrs.スミス
2006/2/14
Mr. and Mrs. Smith
2005年,アメリカ,118分
- 監督
- ダグ・リーマン
- 脚本
- サイモン・キンバーグ
- 撮影
- ボジャン・バゼリ
- 音楽
- ジョン・パウエル
- 出演
- ブラッド・ピット
- アンジェリーナ・ジョリー
- アダム・ブロディ
- ケリー・ワシントン
- キース・デヴィッド
結婚5~6年目を迎え、カウンセラーのところにやってきたジョンとジェーンのスミス夫妻、彼らは5~6年前にコロンビアで運命的な出会いをし、6週間後に結婚するが、互いに自分が本当は殺し屋であることを隠し続けていた。しかし、あるとき同じターゲットを同時に狙うことになる…
ブラッド・ピットとアンジェリーナ・ジョリーというふたりのスターを擁して取り上げたB級大作映画。ちなみに、ヒッチコックの『スミス夫妻』とはまったく無関係。
この映画は本当にどうしようもない映画である。主役のふたりの演技も今ひとつパットしないし、アクションはどこかで見たことがあるような、いままでの映画の焼き直しでしかないし、そしてストーリーにいたってはないに等しい。
しかし、この映画は楽しい。それはこの作品が巨額の予算をかけてわざわざ作ったB級映画であるからだ。こんな映画はブラッド・ピットとアンジェリーナ・ジョリーさえ使わなければ、100分の1くらいの予算で出来るのだが、それをわざわざ大金をかけて作ったことでこの映画はおもしろくなった。 ハリウッド映画とは徹底的にファンタジーであり、徹底的に非現実的なものであるべきだと私は思う。そして、それを無理にリアルなものに近づけようとした作品はことごとくおもしろくないものになっている様にも思える。この作品は、そのようなリアリティというものを完全にあきらめ、誰が見ても「ありえねぇ~」と思うような展開の連続で圧倒することで観客を楽しませる。この完全なるエンターテインメント精神こそがハリウッドであるべきなのだ。
細かい部分を言えばきりがないが、私が一番気に入ったのはエレベーターの「イパネマの娘」。閉店したショッピングセンターでどうしてエレベーターの中だけ電気がついて、BGMが鳴るのか、そしてどうして他の階には行かないのか。というどう考えても理不尽なことが当たり前のように起きるのだ。もうひとついうならば、『ファイトクラブ』のTシャツ。この作品には『ファイトクラブ』のTシャツを着た青年が登場するが、そんな本当にどうでもいいところにまでこだわっている部分に、この作品を作った人々のエンターテイナーとしての職人意識を感じる。
そして、全体的に言えば、ハンドマシンガンやらロケットランチャーやらを打ちまくる壮絶なアクションが結局は夫婦喧嘩に過ぎないというくだらなさ。そこがいい。結局、戦争もびっくりのこんな爆破騒ぎやら打ち合いやらをやったにもかかわらず、それが彼らと彼らの組織以外にはほとんど問題にならないというふうに作品が作られていることを考えると、もしかしたら、これは夫婦関係のメタファーに過ぎないのではないかとも考えてしまう。夫婦関係とは殺し合いのようなもので、相手を殺すほどの気迫を持ってぶつからないと本当にいい夫婦関係は築けないというような…
そのように思うのは、この作品全体の漠然とした印象からだけではない。この作品はカウンセリングのシーンで始まり、カウンセリングのシーンで終わるが、ハリウッド映画では最初のシーンと最後のシーンは非常に重要なのだ。映画全体に占める割合としては小さく、特に最後のシーンは蛇足のようにも見えるが、実はそこに本当に描きたいテーマが隠されていることが多い。例えば『プライベート・ライアン』が最初と最後の星条旗のカットによって本当のメッセージは愛国心の賞賛であることを露呈したように。
だから、この映画も映画の大部分はB級アクションコメディであるけれど、本当は夫婦関係について描いた映画なのだということだ。ブラッド・ピットとアンジェリーナ・ジョリーという出演する作品をえり好みする立場にあるふたりのスターが出演することにしたのは、これが徹底的にくだらないと同時に、夫婦というシリアスなテーマを持つ作品であったからなのではないか、と私は邪推してみる。