次郎長三国志 第三部 次郎長と石松
2006/4/27
1953年,日本,87分
- 監督
- マキノ雅広
- 原作
- 村上元三
- 脚本
- 松浦健郎
- 撮影
- 山田一夫
- 音楽
- 鈴木静一
- 出演
- 小堀明男
- 森繁久彌
- 小泉博
- 久慈あさみ
- 広沢虎造
- 河津清三郎
- 田中春男
清水を離れ旅を続ける次郎長一家、旅の途中で知り合った森の石松は子分になれという勧めを断って一人旅を続けることに。その中途で、女の子とで刃にかけられそうなヤクザもんを見つけ、助太刀し、手負いのその男三五郎と温泉地に宿を取る。そしてそこで女の壺振り投げ節のお仲に出会う…
『次郎長三国志』シリーズの第三部は、前作で登場した石松を主人公に、追分三五郎と投げ節のお仲が登場。いよいよ役者がそろって第一幕が締めくくられるという印象。
マキノの『次郎長三国志』、そのおもしろさはなんと言っても痛快さにある。この作品でも次郎長は終盤の少ない出番で見事な男っぷりを見せ、理不尽に威張り散らすやからを懲らしめて観ているものをスカッとさせる。その痛快さこそこのシリーズの最大の魅力である。
そして、この作品では新たに追分三五郎と投げ節のお仲が登場、第四部以降の主要人物がこれでほとんどそろったことになる。次でいよいよ次郎長は清水に帰り、清水の次郎長一家としてどっしりと清水に腰を据えるわけだが、ここではまだ次郎長も下積みというか経験を積んでいる最中であり、いっぱしの親分にはなっていない。それは石松にも言えることで、この段階では石松も腕は立つが頭は少し足りないお人よしでしかない。
第四部以降、この物語は次郎長と石松のふたりが二枚看板となって展開されていくわけだが、この作品はその2人が大物になる最後の一歩を踏み出す瞬間を描いているといえる。これは、この2人を演じた小堀明男と森繁久彌が大物になるその道筋とリンクしてもいるように思える。特に森繁は、このシリーズをきっかけに一気にスターの仲間入りをし、今では重鎮の中の重鎮となっているわけで、この石松の人気に伴って彼の人気も上がっていった。そこには、石松というキャラクターの成長も重要なわけだから、その意味でもこの作品は森繁久彌という役者にとっても大きな意味を持っていたはずだ。
そしてその石松だが、この石松が“どもり”という設定がかなり強烈である。言葉がなかなかでて来ないのを観ていると、こっちがいらいらしてくるし、見ていて気持ちよくない。しかし、それこそが石松自身の持つじれったさなのであり、悔しさなのだから、これは観客を石松にひきつけるという演出としては成功だ。そして、歌を歌うときにはどもらず、先のことを言えば徐々にどもりが少なくなっていくというのも、観客を石松にひきつける助けになっている。
森繁はこの作品が続々公開されていた頃、街の中でも「石松、石松」とばかり呼ばれて、自分の名前はなかなか覚えてもらえなかったらしいが、このじれったさを抱え苦しんでいる石松を観ているとそれも納得が行く。めっぽう強いがお人よしで、格好よくもありながら、母性本能もくすぐるようなこの石松、このキャラクターの想像こそがこのシリーズがヒットした最大の要因だろう。
のちのシリーズではいい奴になる三五郎もここでは石松の引き立て役に回り、いやな奴を演じている。そのあたりの押し引きのうまさはさすがはマキノといったところだろうか。
作品自体としては、まあまあなのだが、この作品が終わって見ると、「さあ、次からいよいよ…」という気持ちになるから、シリーズもののなかの一作としては成功した作品だと思う。