望郷
2006/6/4
Pepe-le-Moko
1937年,フランス,94分
- 監督
- ジュリアン・デュヴィヴィエ
- 原作
- ロジェ・ダシェルベ
- 脚本
- アンリ・ジャンソン
- ロジェ・ダシェルベ
- 撮影
- ジュール・クリュージェ
- 音楽
- ヴィンセント・スコット
- 出演
- ジャン・ギャバン
- ミレーユ・バラン
- リーヌ・ノロ
- ルネ・カール
- マルセル・ダリオ
パリからアルジェリアに刑事がやってくる。狙いは銀行強盗を働いてアルジェリアのカスバに逃げ込んだペペ・ル・コモを捕まえること。しかしぺぺは迷路のような町と仲間たちに守られてのうのうと暮らしていた。しかし現地の刑事スリマンは彼を捕まえる好機を辛抱強く待って居た…
フィルム・ノワールや日活アクションなど後世の映画に多大な影響を与えたメロドラマの古典。
映画というのは変わっているようで、変わっていないようで、しかしやはり少しずつ変わって行くものである。もちろんサイレントがトーキーになったり、白黒がカラーになったりという大きな変化もあるが、にもかかわらず映画には変わらないものが常にある。しかし、同時にそのような目に見えて明らかな変化以外にも様々な変化がそこにはある。
この作品は、そんな昔の映画へのノスタルジーを書きたててくれる作品だ。映画の題名(邦題)も『望郷』であり、ノスタルジーを連想させるものであるが、その名の通りこの映画は今はなき古きよき映画の故郷への望郷の念を掻き立てる映画だ。
そのように思うのは、この作品のような“機微”というのが最近の映画ではなかなか見られなくなってしまったとつい思ってしまうからだ。ぺぺとギャビーが初めてであったシーンのぺぺの視線の追い方、手負いのピエロが銃を構えるその仕草、スリマン刑事の不敵な笑み、それらの細部がこの映画に深い味わいを与える。
プロットという点ではこの作品が作り上げた“男のメロドラマ”は幾度となく焼きなおされ、ひとつの原物語のようになってしまっているから新鮮味はないけれど、そのような普遍的な物語になるだけあって見ごたえはある。ぺぺ、ギャビー、イネス、カルロス、スリマン、それぞれの心理がリアルに描かれ、衝突する。ドラマとは人の感情がぶつかり合うことから生まれる。そんな基本的なことも思い出される。
と、書いてみたが、もちろんこれはノスタルジーに過ぎない。いまでもこの作品のようにしっかりと作られ、“機微”に富んだドラマは少なくないし、古い作品が全て丁寧に作られていたというわけではもちろんない。ただ名作として今まで見続けられている作品に良質なものが多いのに対し、いま作られている作品が玉石混交のままであるというだけの話だ。
しかし、ノスタルジーとはそういうものである。昔の美しい部分だけを見て、懐かしむ。現実から逃避するために過去という迷宮に逃げ込む。それはまるでカスバの街のようなところだ。カスバの街は現在世界遺産に指定されている。世界遺産とはユネスコが作り上げる世界規模のノスタルジーのシステムである。私たちは“世界遺産”という名前に歴史を感じ、そこにありうべき人間の生活の痕跡を見出そうとする。
沈みつつあるヴェネチアの街や城壁で囲まれ、石畳で覆われたトレドの街よりも東京のほうが暮らしやすいに違いないのだけれど、私たちのノスタルジーは昔の不便な暮らしの美しさを懐かしむ。この映画の『望郷』という邦題は奇しくも現在から見たこの映画の本質を見事に言い表しているのだ。