サウンド・オブ・サンダー
2007/3/10
A Sound of Thunder
2004年,アメリカ=ドイツ,102分
- 監督
- ピーター・ハイアムズ
- 原作
- レイ・ブラッドベリ
- 脚本
- トーマス・ディーン・ドネリー
- ジョシュア・オッペンハイマー
- グレッグ・ポイリアー
- 撮影
- ピーター・ハイアムズ
- 音楽
- ニック・グレニー=スミス
- 出演
- エドワード・バーンズ
- キャサリン・マコーマック
- ベン・キングスレー
- ジェミマ・ルーパー
- デヴィッド・オイェロウォ
2055年シカゴ、実業家ハットンは開発されたタイムトラベル技術を利用して恐竜狩りツアーを高額で顧客に提供していた。それに協力するライアー博士は古代の生物の研究家だが、ある日、会社にタイムトラベル用の高性能コンピュータの開発者だという女性が乗り込んできて、いつかは事故が起こると警告される…
レイ・ブラッドベリの短編の映画化。発想は面白いが、SF部分の詰めが甘くCGもお粗末なため、お金がかかっている割にはB級以下の完成度にとどまっている。
タイムトラベルものの面白さというのはやはり、そのタイムトラベルにリアリティがあるかどうかということに尽きる。この映画の場合は、恐竜のいる過去に行き、放っておいても5分で死ぬという恐竜を狩ることで、未来への影響をなくすというものであり、その部分にはリアリティがある。しかし、何度も同じ瞬間に行くというのはどう考えてもおかしい。一度その過去に行ったなら、そのいったという事実が過去の一部になるわけだから、もう一度行ったら前回行った自分たちに合うはずではないか。
そこですでに引っかかってしまった私は、それ以降のすべてがどうにも気になってしょうがなかった。過去に行き過去の何かを変えてしまったことによって、現在が変化するというのはいいが、普通に考えれば、帰ってきた瞬間にすでにすべてが替わっているはずではないか。この作品ではそれを“時間の波”という概念を使って、段階的に変化が訪れるとしている。この原理の説明がまったくないために、この現象にまったく説得力がなく、リアリティが感じられない。原作ではおそらくその部分が説明されており(それがなければSFではなくファンタジーだ)、納得できるのだろうが、この映画ではその部分がばっさりと省かれ、なんだかよくわからないが、そういう現象が起こるの妥当ことをなぜか皆が納得してしまっている。
それでも進化の過程の変化によって生まれた想像上の生物は意外と魅力的だ。恐竜とヒヒが合わさったような生物や、有毒の棘を持つ植物、人間の恐怖心をあおるそのような生物の存在はパニック映画には不可欠だ。しかし、その生物を描く肝心のCGがなんともお粗末、2004年の作品でこのレベルでは… という気がして仕方がない。
SFというのは現実ではない世界を描くのだから、それを以下に現実らしく見せるのかというのが最も重要なはずだ。その前提があってはじめて登場人物たちに感情移入でき、パニックを共有できるはずなのに、この映画にはそれがないのだ。だから、なんとも居心地の悪い感じがしてしまうのだ。
そして、結末も… 変化は“時間の波”によって訪れるはずなのに、過去を戻した場合には一気にすべてが替わり、みなそれを忘れてしまうというのだ。これはご都合主義以外の何ものでもないのではないか…
この作品は製作途中にプロダクションが倒産し、チェコでの撮影隊は水害に襲われ、そのせいで制作期間は延び、制作費はかさんでしまったといういわくつきの作品。それがばねになっていい作品が生まれればよかったが、どうもそれがさらに作品の質を落とす原因になってしまったようだ…