ヴェラ・ドレイク
2007/3/26
Vera Drake
2004年,イギリス=フランス=ニュージーランド,125分
- 監督
- マイク・リー
- 脚本
- マイク・リー
- 撮影
- ディック・ホープ
- 音楽
- アンドリュー・ディクソン
- 出演
- イメルダ・スタウントン
- フィル・デイヴィス
- ピーター・ワイト
- エイドリアン・スカーボロー
- ヘザー・クラニー
- ダニエル・メイズ
- アレックス・ケリー
1950年ロンドン、人のよいヴェラは家政婦をしながら、近所の人の世話をやいたりもしていたが、実は事情があって子供を産めない女たちの堕胎も請け負っていたのだ。彼女にとってそれは人助けだが、当時のイギリスでは許されない行為だった…
イギリスの巨匠マイク・リーが中絶問題にメスを入れた切ない人間ドラマ。ヴェネチア映画祭金獅子賞受賞。
物語は非常にオーソドックスなドラマだ。すごく人のいいヴェラがとても素直で優しい家族に囲まれ、幸せな生活を送っているが、彼女が良かれと思ってしたことが社会には認められず、窮地に陥る。そして家族の間にも相克が生まれ、様々な思いが去来する。観客は自然とヴェラと家族の側に立ち、不合理さへの怒りを抱えながら矛盾した感情を抱える苦悩をともに味わうのである。これは薄っぺらではない感動を生み出す物語の構造として非常に優れたものだと思う。単純ではあるが深みがあり、ずっしりと重い。さすがはマイク・リーというところだ。
ただ、マイク・リーはいつものようにぐっと作品のテンポを落とし、多くの“間”を作品に挟み込んで行く。このゆったりとしたテンポはどうしても見る人を選ぶ。物語の展開が単純であるだけに、展開を楽しもうとして見ると、ゆっくりすぎるテンポに退屈してしまう。もちろんマイク・リーは物語の展開だけを楽しむのではなく、その物語が孕む様々なテーマに目を向けるためにそのような間を設けているのであるが、そのように能動的に映画を見るということをすべての人が常にできるわけではない。もちろんマイク・リーという名前とこの作品が掲げるテーマによってすでに見る人をふるいにかけてはいるのだろうけれど、それは万人受けするものではないということでもある。
この作品が問うのは、まず中絶という問題である。日本では中絶の是非というのはあまり議論されないが、アメリカを見てもわかるとおり欧米ではキリスト教の影響もあって中絶の是非は常に問題として存在している。胎児の生命と母親の意思、様々な理由によって望まれない子供を産むことの可否が問題となるのだ。そして、それはさらに貧富の問題にも大きくかかわってくる。経済的に困窮しているがゆえに子供を産めない親、そしてそのような親はヴェラのようなお金のかからない手段で中絶をするしかなく、そこには常に危険が存在する。中絶を禁止することによって貧しい人たちがさらに困窮する、その悪循環がここには描かれているのだ。
そして、他者の痛みに対する視線もここには描かれている。ヴェラが堕胎をしていたことを知った時の家族の反応がそれである。夫のスタンとその弟のフランク、娘エセルの婚約者レジーはヴェラの味方をし、もともとヴェラを疎ましく思っていたフランクの妻ジョイスはヴェラを拒絶する。ヴェラの息子シドは母親を愛しながらその行為を汚らわしく思うという苦悩を抱える。
ここで特に注目したいのはレジーとシドの違いである。レジーはヴェラのやさしさに触れ、娘のエセルと婚約した。彼は自分の痛みを理解してくれるヴェラと同じようにヴェラの痛みを理解し、彼女を受け入れるのだ。しかしシドはヴェラに育てられ他者に対する思いやりと優しさは身につけたものの、他者を自分によっての善悪で判断するという価値観を持っている。彼はずっと暖かい家庭で育って来ただけに他者の痛みに鈍感なのである。そのため母親の痛みを理解できず、母を拒絶してしまうのだ。
「考えろ、考えろ」とマイク・リーは私たちに言う。ここに描かれているのは50年前の昔話ではなく、今も果てしなく続く現実の話なのだ。