男の敵
2007/5/18
The Informer
1935年,アメリカ,92分
- 監督
- ジョン・フォード
- 脚本
- ダドリー・ニコルズ
- 撮影
- ジョセフ・H・オーガスト
- 音楽
- マックス・スタイナー
- 出演
- ヴィクター・マクラグレン
- ヘザー・エンジェル
- プレストン・フォスター
- マーゴット・グレアム
1922年のアイルランド、殺人犯として警察に追われる独立運動の闘士フランキーが久々に友人のジッポの前に現れる。ジッポは組織から追い出され困窮の日々を送っており、恋人のケイティとの新生活を夢見ていた。そしてジッポはフランキーの首にかかった20ポンドに惑わされ、フランキーを密告しようと考える…
アイルランド系のジョン・フォードが母国への愛を込めて描いた骨太のドラマ。徹底的な暗さと悲劇的な展開がものすごい迫力を生み出している。アカデミー主演男優・脚色・音楽・監督賞を受賞。
これだけ徹底的な悲劇というのもなかなかない。主人公のジッポは怪力の持ち主だが人はよく、恋人のケイティにほれ込んでいる。その彼が20ポンドの金欲しさに友人のフランキーを密告してしまう。フランキーは自宅に帰ったところを警察に囲まれ、反撃したためにその場で殺されてしまう。ジッポのほうは自分の行為がそのような自体を引き起こすことを予期しておらず、20ボンドの懸賞金をもらいながら呆然とする。そして野放図に飲み始めるのだ。彼は自分の行為を悔いているのでも、友人の死を悲しんでいるのでもなく、ただ呆然としてるのだ。空っぽになってしまった心を酒で埋めようとしているのだ。彼の手にした20ポンドは恋人のケイティとアメリカへと渡るための金だったのだが、そんなことまでも彼は忘れてただ酒を流し込むのだ。そしてそこに、お調子者の腰ぎんちゃくが現れる。その腰ぎんちゃくは彼の空っぽの心にたくみに入り込み、彼に散財させる。ジッポはそのように散財することで心が埋められるかのように金を使い続ける。
これはまさに悲劇である。この徹底的な悲惨さは見ていてつらくなるほどのものであり、目を背けたくもなる。私はこの映画を最後まで見続けるのが苦痛だった。それは、この映画がつまらないのということでは決してなく、あまりにつらすぎて耐えられなくなってしまうのだ。もちろんそれはこの映画の力であり、映画として素晴らしい物を持っているということだ。
ここまで徹底的に悲劇的で悲惨なドラマを生み出したのは、独立運動という名の戦争である。これは文字通りの戦争ではないが、警察と運動組織の間の殺し合いであり、それによる治安の悪化は人々の生活を圧迫する。悲惨な生活に追い込まれた人々は自分の利益を守るために汲々とし、あるいはその機に乗じて私服を肥やそうというあくどい人々を暗躍させる。それがさらなる悲劇を呼び、人々の生活はさらに悲惨になり、心は殺伐とする。
ジッポとはそのような悲惨さが集約されたような人物だ。彼の心の殺伐さは、彼から人間味を奪う。戦争が引き起こす悲劇のスパイラル、彼はその渦に巻き込まれ、底へ底へと沈んで行ってしまったのだ。
ジョン・フォードとダドリー・ニコルズはその殺し合いの無意味さを切々と語るために、このような徹底的な悲劇を作り上げたのだろう。何故、自分たちの国を作るために血を流さなければならないのか。何故人々は平和に共存することが出来ないのか。暴力は正当な目的があったとしても、ただ人を悲劇に追い込むだけだ。
時に脳天気とも言えるエンターテインメント作品を撮ることもあるジョン・フォードがこのような作品をも作っていたというのは驚きだ。彼はまさに映画作りの天才、あらゆることを映画という形態で表現することの天才なのだろう。
見るのはつらいが、是非みなくてはならない作品だ。