オペラハット
2007/5/29
Mr. Deeds Goes to Town
1936年,アメリカ,115分
- 監督
- フランク・キャプラ
- 原作
- クラレンス・バディントン・ケランド
- 脚本
- ロバート・リスキン
- 撮影
- ジョセフ・ウォーカー
- 音楽
- ハワード・ジャクソン
- 出演
- ゲイリー・クーパー
- ジーン・アーサー
- ジョージ・バンクロフト
- ライオネル・ダンブリル
大富豪のランキン氏が死亡し、その遺産相続人として田舎町で油脂工場を営むディーズ氏の名前が挙がる。弁護士たちの訪問を受けたディーズはあわてることなくニューヨークへ赴くが、そこで待っていたのは金目当ての人々と新聞記者たちだった。そして、新聞記者の一人ベイブも身分を偽ってディーズに近づこうとする…
フランク・キャプラの真骨頂とも言えるヒューマン・コメディ。2002年にアダム・サンドラー主演で『Mr.ディーズ』としてリメイクもされた。
田舎から都会に出てきた青年が、都会と欲に凝り固まった人々に戸惑いながらも、自分らしさを発揮して人々の心をつかむという話で、そこに恋愛が絡んできていかにも30年代のハリウッド映画という風情である。
この頃のハリウッド映画は安心してみることができる。とっぴなことはおきないし、スターたちは魅力的だし、テンポも落ち着いているし。この作品は少し冗長という気はしたけれど、今と比べるとスローな作品というのもこの時代には多い。それはおそらく登場人物の心理をじっくりと描くためで、この作品では都会の金持ちに対するディーズの心理を描くことで、彼らを笑いものにしているのだ。そして、観客には偽りのものとわかっている恋愛に対するディーズの気持ちも観客をはらはらさせる要因だ。
主プロットにひとつの物語があり、サブプロットに恋愛があるというハリウッド映画の黄金パターンとくれば、これがハッピーエンドに終わることは確実に予想でき、まったく安心して映画を見ることができるのだ。
もちろん今から見ると退屈な部分もある。あらゆるものが親切に説明されすぎていて、それを考えるための時間もありすぎる。現代の速い展開の映画に慣れてしまった観客には展開の遅さがまどろっこしいだろう。その意味では傑作と言い切れる映画ではない。
しかしフランク・キャプラがすごいのは、これを単なるスクリューボール・コメディにはせず、得意のヒューマニズムにつなげていくことだ。この作品では特に、ヒューマニズムを越えて社会主義的な傾向も感じさせるメッセージが含まれる。第2次大戦前という時代にはまだまだ社会主義/共産主義に対する嫌悪感というのはそれほどなく、それよりも労働者の権利などの社会的権利が声高に叫ばれていた時代であった。世界恐慌に告ぐ不況による経済格差の拡大が大衆に不満を募らせていたわけだ。フランク・キャプラはヒューマニストとしてそのような人々の不満を敏感に感じ取って映画の主題のひとつとしてきたが、この作品にもそれが色濃く見える。
そして、この作品が製作された1936年という年は『モダン・タイムス』が製作された年でもある。『モダン・タイムス』も機械化による労働者の苦境を描いたものであり、この作品と通底するテーマを持っていた。
この2つの作品だけで時代を語ることはもちろんできないが、第2次対戦開戦前の1930年代前半において、アメリカの敵はファシストであり、共産主義ではなかった。だからこの作品のような社会主義的な傾向のある作品も受け入れられたわけだ。
今でも楽しめる名作というよりは、いかにもクラシックな映画だが、コメディとして十分楽しめるし、ひとつの時代を隠した作品として貴重だ。フランク・キャプラは1930年代を代表する映画作家であり、これは彼の典型的な作品のひとつである。この時代がハリウッドの黄金時代といわれるのは、フランク・キャプラのような作家がこのような作品を自由に作れたからだろう。