三年身籠る
2007/7/29
2005年,日本,99分
- 監督
- 唯野未歩子
- 原作
- 唯野未歩子
- 脚本
- 唯野未歩子
- 撮影
- 中村夏葉
- 音楽
- 野崎美波
- 出演
- 中島知子
- 西島秀俊
- 木内みどり
- 奥田恵梨華
- 塩見三省
- 丹阿弥谷津子
妊娠9ヶ月を迎えた冬子は子供のためにラジオもテレビもすべての情報をシャットアウトする生活を送っていた。しかし子供が生まれる様子はなく、あっという間に妊娠18ヶ月を迎える。冬子のお腹は尋常ではない大きさになっていたが冬子も冬子の母もそのことをあまり気にはしない。しかし愛人に振られ冬子をかまうようになった夫の徹は…
女優の唯野未歩子が監督した3年間妊娠するという不思議な設定から展開されるヒューマンドラマ。
3年間も妊娠するというと医者をはじめとしてみんなが騒ぎそうなものだし、そんな環境の中では不可能だと考えるのが当たり前の発想だと思うが、この作品はそんな常識を一切廃し、唯一常識的でありそうな旦那の徹も「宇宙人の子なんじゃないか」という発言で常識の側から身を転ずる。その結果、この作品は三年身籠ったらどうなるだろうか、ということだけを淡々と描くことができるようになり、非現実的でありながら現実につながった物語を描くことができるようになった。
この物語が語ろうとしているのはおそらく、親と子のつながりの希薄さなのだろう。9ヶ月という妊娠期間は十分に長いような気もするが、このスピードの速い社会の中ではあっという間の出来事とも感じられるかもしれない。特に父親は相変わらず毎日の仕事に追われ、母親が子供とのつながりを育む時間を共有できない。そのために、もし妊娠期間が三年あり、人間の子供がほかの動物の子供のように生まれてすぐ立つくらいに成長して生まれてくるならどうだろうかという考えが発想されたのだろう。
確かにそれだけ妊娠していて、母親が立ち上がることさえも困難になったなら、父親はそのためにいろいろなことをしなければならなず、それによって絆が生まれることは確かだろう。しかし、ここでもやはり常識の壁がある。このふたりは山奥の人里離れた家で生活を始めるわけだが、それが実際に可能かどうかということだ。もし妊娠がそのようなものになったら、子供を生める人はほとんどいなくなってしまうだろう。もちろん、これはあくまでも“絆”を深めるということについて描いたものだから、そのような常識を無視していいのだろうが、この物語から触発されて、現在の子供を産むことを取り巻く環境(とりわけ日本の)を考えると、いろいろなことを考えてしまう。
しかも、生まれてすぐに立つというのはすべての動物に当てはまることではない。パンダやカンガルーの赤ちゃんは豆粒ほどの大きさで生まれるし、鳥は生まれてもすぐには飛べない。動物の子供はそれぞれに適した大きさで生まれるのであって、人間にはこれがふさわしい形なのだ。
などという常識をここで語っても仕方がないので、同じように非現実的なことを考えてみるしたら、男性も女性も子供を産めるようになるのが一番いいのではと思う。アーノルド・シュワルツェネッガーが妊娠する男性を演じた『ジュニア』という映画もあったが、こればっかりはさすがに非現実的すぎるだろう。ならば、子供は女性が生んで、授乳は男性がするというのはどうだろう。今の欧米や日本のように夫婦の共働きが進んでいると、女性ばかりが1年も休むというのは難しい。それならば、女性も男性も同じくらいに出産/育児休暇をとったほうがいいに決まっている。しかし、現在の状況では女性が出産から授乳までやらねばならず、女性が休むほうが効率的といえる。ならば、男性が授乳できるようになれば、出産前と直後は女性が休み、それと重なるように男性が休むという形が取れる。もちろん父親と子供の絆も深まる。
もちろんこんなことをまじめに書いても実現するはずはないのだが、この作品が非現実的なことを描くことによって親とこの絆ということを描けたのと同様、こういうこともまじめに書くことで、現実の親子の問題を考えうるのではないか。
この作品は映画としては今ひとつ盛り上がりにかけ、すごく魅力的とはいえないが、それなりの面白みがあった。せっかくここまでやったのなら、次回作はぜひ「おっぱいが出る男性」を主人公にした物語を作ってほしい。