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ベストセラー

サヨンの鐘

★★.5--

2007/8/2
1943年,日本,92分

監督
清水宏
脚本
長瀬喜伴
牛田宏
斎藤寅四郎
撮影
猪飼助太郎
音楽
古賀政男
出演
李香蘭
近衛敏明
島崎溌
三村秀子
中川健三
大山健二
preview
 日本統治下の台湾、少数民族の高砂族も日本の統治下におかれ、日本から派遣された警察官の指導の下、純朴な暮らしを続けていた。その高砂族の村のひとつに内地へ勉強しに行っていたサブロが帰ってくる。恋人のサヨンはうきうきとそれを待つが、サブロの幼馴染モーナは帰ってきたサブロを見て浮かない顔をしていた。
  清水宏が戦中に李香蘭主演で撮った戦意高揚映画の一作。台湾の少数民族高砂族を題材にしているというのは珍しい。
review

 第二次大戦中、戦意高揚映画として中国や台湾の人々が日本の統治によっていかに幸せな生活を送れるようになったかということを描く作品も少なくない。勇ましい軍隊を見せるのも若い人たちを戦場に駆り立てるという意味で戦意高揚になるが、日本の統治が現地の人々のためになっていることを強調するのも、この戦争に対する人々の意識を賛成のほうに傾け、挙国一致で戦争に望むのに役立つというわけだ。
  高砂族は漢化されていない台湾の少数民族で、日本軍が侵攻した当初は漢民族からの解放軍として日本軍を歓迎、その後も親日的な勢力となった。この作品に描かれているサヨンも実際に日本統治下の台湾にいた少女で、ここで描かれる村や警察官もサヨンの村での出来事をもとにしたものだと思われる。実際に、サヨンがいた村の警察官はみなに慕われていて、彼が出征する際には村の青年団が荷物運びを買って出、そこに加わっていたサヨンは橋から足を滑らせて激流に飲み込まれ、亡くなってしまったという悲劇があったのだ。日本軍はこれを美談としてサヨンの村に鐘が送られたのである。
  日本軍/政府としては親日的な高砂族との関係を描くことで日本の台湾ならびに中国への進出を正当化し、この戦争に「アジアの解放」という色合いを加えたかったのであろう事は容易に想像がつく。

 清水宏は積極的に戦意高揚映画に参加したわけではないけれど、特にそれを拒否することもなかった。成瀬や溝口のように戦争映画を撮ることを嫌い、時代劇ばかり撮るようになった監督とは違って直接的に戦争を肯定するような映画も撮ったわけだ。それは彼の思想性にあるのではなく、職人的な気質にあったのだと思われる。清水宏は小津と並び賞されるほどの天才的な監督だが、その題材の選び方にこだわりは感じられず、そこにどんな作品でも撮るという職人的な気質が感じられる。その気質は戦中も変わらず、戦意高揚映画を撮れと言われれば撮ったということなのだろうが、そのあり方は作家主義の時代にあっては評価されず、しばらく忘れられていた。
  確かにこの作品も、映画としては凡庸な作品だ。この映画の主題は日本の統治に対する賛美であり、見所は李香蘭の歌である。これでは戦中の数多い作品の中に埋もれてしまっても仕方がない。しかし、さすがと思わせる部分もいくつかはある。ひとつはメロドラマ的な物語作りのうまさであり、それはサヨンとサブロの関係にモーナとナミナという別の二人を絡ませるところにある。サブロは内地に勉強しに行って帰ってくるのだが、その直後からサブロの幼馴染であるモーナが沈みがちになる。モーナの恋人であるナミナはそれをモーナがサヨンに想いを寄せているからと考える。このようなメロドラマは観客をひきつける。しかし、これはあくまで戦意高揚映画であって、そこでどろどろの恋愛模様が展開されることはなく、結局モーナは自分が内地にいけなかったことが悔しくて沈んでいたということがわかるのだ。そしてさらに、モーナがサブロよりも先に召集され、意気揚々と出征していくことで彼らの関係を完結させるのだ。恋人への愛情と国への愛情、これを両立させ、完結させる。メロドラマの巨匠清水宏の手法は、戦意高揚映画にあっても見事に際立っているのだ。
  もうひとつは映像だろう。長いつり橋をロングで捉えたショットや、湖のショットの美しさは白黒の痛んだフィルムでも十分にわかる。戦争中の荒廃した都会でこのフィルムを見る人々はその自然の美しさに打たれ、そして日本の田舎の風景と共通するものも見出しただろう。これによって高砂族を自分たちと同じような風土で育ち、同じように国のために尽くす同胞として認識しすらしたかもしれない。
  この作品の内容は、いまではあまり興味を引かないものだが、清水宏という監督は、その時代時代においてその才能を遺憾なく発揮していた。後世からそれを批判するのは簡単だが、逆にそれを現代的に受け止めたときに浮かび上がってくるものを肯定的に見直してみるということも必要だと思う。

Database参照
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監督順: 
国別・年順: 日本50年代以前

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