明日へのチケット
2007/8/4
Tickets
2005年,イタリア=イギリス,110分
- 監督
- エルマンノ・オルミ
- アッバス・キアロスタミ
- ケン・ローチ
- 脚本
- エルマンノ・オルミ
- アッバス・キアロスタミ
- ポール・ラヴァーティ
- 撮影
- ファビオ・オルミ
- マームード・カラリ
- クリス・メンゲス
- 音楽
- ジョージ・フェントン
- 出演
- カルロ・デッレ・ピアーネ
- ヴァレリア・ブルーニ・テデスキ
- シルヴァーナ・ドゥ・サンティス
- フィリッポ・トルジャーノ
- マーティン・コムストン
- ウィリアム・ルアン
オーストリアに出張でやってきた教授は飛行機が飛ばないため、列車で帰らざるを得なくなる。いつもと違うゆっくりとした旅の中で彼は切符を手配してくれた秘書に恋心を抱いていることに気づく。老人が降りたミラノからは太った中年女性と青年が乗り込む。女性は二等の切符であつかましくも一等に座り、青年はそれに辟易する。同じ列車に乗り合わせたスコットランドからのセルティックのサポーターはベッカムのウェアを着た少年に声をかけサンドウィッチをあげ、彼が家族とアルバニアからやってきたことを知る。
エルマンノ・オルミ、アッバス・キアロスタミ、ケン・ローチというカンヌでパルムドールを獲得した3人の巨匠が1本の電車に乗る人々を描く。それぞれに監督している部分は分かれているが、短編オムニバスという形ではなく緩やかにつながる1本の長編という形をとり、見ごたえがある。
イタリア、イラン、イギリスという3つの国の3人の巨匠、その巨匠たちが協力して作った作品は、オーストリアからイタリアへと行く列車を舞台にした物語だ。基本的には3つのパートに分かれていて、それぞれに主人公といえる人物(あるいは人たち)がいて、それぞれに物語があるのだけれど、その3本を通してアルバニア人の家族がその列車に乗り、物語に絡んでくる。ただ、2話目のキアロスタミの監督部分にだけこのアルバニア人たちがほとんどかかわってこないというのはなんだか不思議だ。
この作品が描いているのは“人”だと思う。列車の旅というのはゆっくりと時間をかけてたくさんの知らない人たちと共にする旅だ。ゆっくりという点で飛行機とは異なるし、たくさんの知らない人たちとするという点で自動車とは違う。現在、遠くへの旅がほとんど飛行機と自動車によって行われているわけだが、列車の旅には独特の魅力がある。
第1話目の老人はつまりは時間をもてあまし、年甲斐もなく恋への夢想に心を馳せ、幻聴のように聞こえるピアノの音と、インド人の少女の後姿に少年時代の淡い恋心を思い出す。そのようにして過ごす時間は彼の心を少し解きほぐす。そして、彼の前に座った将校の態度に心を失った者を見、自分を見つめなおす。彼はこの列車の旅で人の大切さをゆっくりと思い出すのだ。
第2話の中年女性はわがまま放題に振舞う。それは見ていてもちろんむかむかするのだけれど、それは彼女の人との関わり方なのだ。もちろん彼女は人との関わり方に失敗しているわけだけれど、彼女はそのやり方しか知らず、これは非常に示唆的だ。このパートは全体の中では少し異質なものという気がするが、彼女のように人との関係を上下関係で見るあり方は作品全体に貫かれてもいる。人と人との摩擦はある人が別の人を見下すこと、自分の利益のためにほかの人をないがしろにすることから始まる。人と人との関係には様々なものがあり、望ましいものを描くためにはその対比のために望ましくないものも描かなければならない。その望ましくないものを描いたキアロスタミはそんな役回りではあったけれど、作品全体を見ると他の2人と同じように重要な仕事をしているのだ。
第3話はすごくいい。スコットランドという裕福な西欧にあっては比較的貧しい地域の人たちとアルバニアの人たちを出会わせ、そこに生まれる摩擦と理解を描く。人が他の人の生に思いを馳せ、それを自分のもののように感じられたとき、そこに融和が生まれる。その媒介は、食べ物でも、お金でも、思い出でも、サッカーでも何でもいい。最後は気持ちよく、しかしわざとらしすぎず、笑顔の中にうっすらと涙が浮かぶような非常に気持ちいい終わり方で、作品全体をふわっと包んだ感じがした。
全体を通して明確なメッセージや何らかのテーマというものが掲げられているわけではない。しかし見れば暖かい気持ちになるし、幸せな気分にもなる。3人の巨匠がその繋ぎの部分について角を突き合わせて話し合っていたのではないかと想像すると、やはり人と人との出会いが新しいものを生み出すのだということを実感する。「船頭多くして舟山を登る」というが、「3人寄れば文殊の知恵」で船頭も3人までなら山を登らずすいすいと海を行くのだ。
合作であるにもかかわらず、映画としても非常に洗練されていて、印象的な映像なども多い。こういう映画がヒットしないのはなんとも残念だ。