ボビー
2007/8/10
Bobby
2006年,アメリカ,120分
- 監督
- エミリオ・エステヴェス
- 脚本
- エミリオ・エステヴェス
- 撮影
- マイケル・バレット
- 音楽
- マーク・アイシャム
- 出演
- アンソニー・ホプキンス
- デミ・ムーア
- シャロン・ストーン
- ハリー・ベラフォンテ
- エミリオ・エステヴェス
- ローレンス・フィッシュバーン
- ヘザー・グレアム
- ヘレン・ハント
- ジョシュア・ジャクソン
- アシュトン・カッチャー
- リンジー・ローハン
- ウィリアム・H・メイシー
- マーティン・シーン
- クリスチャン・スレイター
- イライジャ・ウッド
1968年6月5日、ロバート・F・ケネディ上院議員(ボビー)が注目を集める大統領選挙のカリフォルニア州での予備選が行われる日の朝、ボビーが選挙後にスピーチをする予定のアンバサダーホテルでは小火騒ぎがあった。そのホテルの1日を支配人のエバース、その愛人で交換手のアンジェラ、厨房で働くホセやミゲル、そのボスのティモンズらを通して描いたグランド・ホテル形式の作品。
俳優のエミリオ・エステヴェスの監督第5作で父のマーティン・シーンをはじめとした豪華キャストが多数出演している。
ケネディといえばジョン・F・ケネディであり、その弟のボビーについては兄と同じく暗殺された大統領候補というくらいの知識しかなかったが、アメリカ(の特に民主党支持層)では彼はアメリカと世界を変えるはずだった男と認識されているようだ。
この作品はそのボビーが暗殺されたその日の彼が暗殺されたアンバサダーホテルを描いている。ボビーことロバート・F・ケネディの名を関した映画ではあるが、主役はボビーではなく、複数の主人公が存在し、それぞれのエピソードが交錯する。映画の序盤で『グランド・ホテル』の名台詞がはかれるのを聞くまでもなく、典型的なグランド・ホテル形式の映画だ。
グランド・ホテル形式の映画が面白くなるかどうかは、全体の調和よりも、それぞれのエピソードがいかに面白いかということによってくると思う。この作品では6連続寒風の新記録がかかったドジャースの試合を見に行くはずだったホセを主人公とした話、ベトナムの最前線へ派遣されることを防ぐために偽装結婚する話のふたつが特に面白い。エミリオ・エステヴェス自身が出演しているヴァージニア・ファロンのエピソードとオーナー夫婦のエピソード(どちらもくしくも夫婦モノだ)は今ひとつだ。ただ、狂言回しとなる元ドアマンのジョン・ケイシー(アンソニー・ホプキンス)はなかなかいい味を出しているので、全体としては合格点というところだろうか。ベトナム戦争やLSDといった時代性を感じさせるものが登場するのもこの作品にとってはプラスだ。
だから、普通に群像劇としてみて十分に面白いし、ロバート・F・ケネディという人物やこの68年という年のアメリカを知るのにも役立つという点で面白い映画だと思う。
しかし、やはり気になるのはこの作品がどう考えてもロバート・F・ケネディのある種の神格化を狙ったものに見えるということだ。ハリウッドといえば民主党支持層が多いことで知られるが、こんな映画を作った(しかも脚本も書いている)くらいだからエミリオ・エステヴェスも民主党支持者なのだろう。そして、この作品が作られたタイミングは2008年の大統領選挙に向けていよいよ各候補者が動き出そうというタイミングだった。ここにキャンペーンとしての側面を読むなというほうが無理な話だ。アル・ゴアといいこのロバート・F・ケネディといい、民主党は大統領になれるはずだったのになれなかった人物を担ぎ出してアピールしようとしているのだろうか。
そんな意識が頭を掠めるから、ここでボビーが言っている言葉はあまりにまっとうではあるのだが素直には受け取れないという気持ちにもなってしまう。確かにボビーがここに描かれているような人物だったなら、彼が大統領になった時にはアメリカと世界は変わったかもしれない。しかし、偽装結婚をするスーザンがウィリアムの代わりに前線に行く人のことをまったく考えていないように、どこかで歪みが生まれ、誰かにしわ寄せが行くのだ。彼の言っていることは理想主義的過ぎる。だから彼が大統領になったとしても世界はまったく変わっていなかったかもしれない。それは誰にもわからないのだ。
しかし、少なくとも彼が言っているように世界を変えるのは個人個人の意識の問題なのだ。それが象徴的に表れるのはホテルの厨房におけるエドワードとホセとミゲルの関係だ。新たなマイノリティとなりつつあったヒスパニックと黒人の関係がエドワードとミゲルのように対立を生むならばアメリカの未来は暗い(それがまさに現在の状況だ)。エドワードとホセの関係のように人種を超えた人間同士の関係が結べるならその未来は明るい(それはまさにボビーが理想として掲げたことだ)。同じ共同体で生きる人々が人種にかかわらず共に生きることができる社会、それを実現できるのは個人だけだ。彼が大統領になっただけでそれが実現するとはとても思えない。
それにしても、この映画を見て感じるのは、アメリカが抱える本当の問題は、こんなにも暗殺が多いことにあるのではないだろうかということだ。60年代にはジョン・F・ケネディ、マルコムX、マーティン・ルーサー・キング、そしてロバート・F・ケネディが暗殺された。第2次大戦後の世界でこれと同じくらい暗殺が横行したのはインド(ガンディー一家)と中東、後は韓国くらいだろう。
一発の銃弾が歴史を変える国家、それはいったい何なのだろうか。