麦の穂をゆらす風
2007/10/15
The Wind That Shakes The Barley
2006年,イギリス=アイルランド=ドイツ=イタリア=スペイン,126分
- 監督
- ケン・ローチ
- 脚本
- ポール・ラヴァーティ
- 撮影
- バリー・アクロイド
- 音楽
- ジョージ・フェントン
- 出演
- キリアン・マーフィ
- ポードリック・ディレーニー
- リーアン・カニンガム
- オーラ・フィッツジェラルド
- メアリー・オリオーダン
1920年、アイルランドでは長く支配を続けてきたイギリスからの独立の気運が高まっていたが、イギリス軍による弾圧はさらに激しさを増していた。そんな中ロンドンに医者の勉強をしに行こうとしていたデミアンも駅でのイギリス軍の振る舞いを見て、ついに義勇軍に加わることを決意する…
ケン・ローチがテディとデミアンという兄弟を軸に激動の時代のアイルランドを描いた社会派ドラマの力作。2006年のカンヌ映画祭でパルムドールを受賞。
アイルランドといえば現在もIRA(アイルランド共和軍)が存続しており、国家は北と南に分断されている。そこからはイギリスによる迫害の歴史をうかがい知ることはできるけれど、興味を持って知ろうとしなければ、その詳しい歴史を知ることはない。この作品はアイルランドが「アイルランド自由国」が成立した1921年前後を描くことで、アイルランド独立戦争の一面をまず紹介した作品と見ることができる。
作品はアイルランドの一地方におけるアイルランド共和軍の一部隊の活動によって語られる。その部隊の指導者はこの物語の主人公デミアンの兄テディである。彼らは自分たちの土地でのイギリス軍の横暴(17歳の若者が名前を英語で言わなかったというだけで殴り殺される)に反発しイギリス政府に対する憎しみを深める。ロンドンに渡り医者としての勉強を深めようとしていたデミアンも出発しようとした駅でイギリス軍のめちゃくちゃな要求によって運転士や駅員が乱暴されるのを目にして自分が必要とされていることを痛感する。
かくして物語は進む。前半部分ではイギリス軍が悪、アイルランド共和軍が善というわかりやすい構図が基本的はとられ、その中で戦争の理不尽さや残酷さが描かれるという構造になっている。主人公は裏切った仲間を殺さなければならないことで葛藤し、戦争が人々の人生もたらす悲劇を審らかにする。その後の展開も眉間に皺がよるようなつらく厳しいものだ。戦争がもたらす悲劇、と書いてしまうと陳腐だが、この作品が描いているのはまさにそのことだ。時にはステレオタイプ的過ぎると思われる描写もあるけれど、リアリティは失われない。
この作品で重みを持つのは言葉だ。仲間を殺さざるを得なかったときに主人公が言う「自分の中で何かが死んだ」という言葉、ダンが裁判の結果を無視しようとするテディたちに言う「共和国軍は貧乏人の敵になってしまった」という言葉。言葉は無力であり、武力のように短時間で物事を変えることはできないけれど、武力が憎しみを増長し、人々の感情の部分にしか働きかけないのに対して、言葉は人々の理性にしみこんでいく。言葉は物事を変えるのに時間がかかるが、その変化は人間の頭の中に長く残る。武力は簡単に物事を変えるが、その変化は人々の感覚に一瞬残るだけだ。
結局デミアンも武器を取ったわけだが、彼は武力で何かを解決しようとしていたのではなく、武器を持ち対等な立場に立つことから始めようとしていただけなのだ。デミアンはアイルランド自由国を成立させた条約に対する投票結果が「人々の恐怖によって歪められた」と言っている。これはつまり、武器を持った勢力と武器を持たない勢力の間に対等な関係はありえないということだ。しかし、やはり彼のやり方は間違っていたのかもしれない。武器を持つことでもはや話し合いによる解決の道は閉ざされてしまったのかもしれない。
しかしそれでもここからメッセージは浮かび上がってくる。武器は親しい人を遠ざけると言うことだ。自衛のためであれ何のためであれ、(人に向けるための)武器を持つと言うことは親しい人を遠ざけることになるのだ。その親しい人を守るために武器を手に取ったはずなのに、最後には逆の結果を招いてしまうのだ。
物語の最後にデミアンはもうひとつ印象的な言葉を言っている。それは「誰のために戦っているのかを覚えておくのは難しい」と言うような言葉だ。これは、武器を持った戦いは極限的な状況におかれることでその戦い自体が目的化してしまい、その戦いに足を踏み入れたそもそもの目的を忘れてしまいがちだと言うことだ。それが悲劇を生み、戦いを泥沼化していく。そのような現象は、ベトナムでも、ユーゴスラビアでも、パキスタンでも、アフガニスタンでも、イラクでも繰り返されてきた。いま世界中で武器を取って戦っている人たちはいったい何のために戦っているのか、戦っている当人たちが心からそのことを考えたなら、その戦いの大半は無益なものであることが明らかになるはずだ。
ここに描かれているのは80年以上前のアイルランドという小さな一地方の物語でしかないが、それは時間と場所を超越したすべての戦争に当てはまる物語でもあるのだ。