全然大丈夫
2008/1/25
2007年,日本,110分
- 監督
- 藤田容介
- 脚本
- 藤田容介
- 撮影
- 池内義浩
- 音楽
- エコモマイ
- 出演
- 荒川良々
- 木村佳乃
- 岡田義徳
- 田中直樹
- きたろう
- 伊勢志摩
- 村杉蝉之介
- 蟹江敬三
植木職人の見習いをする照男はホラーが大好きで、実家の古本屋で幼馴染の久信と友達を脅かしたりしている。久信は清掃会社に勤めるまじめなサラリーマン、その会社の求人にあかりという女性が応募してくるが…
独特なキャラクターで存在感を見せる荒川良々の長編映画初主演作。監督は大人計画などの舞台で映像を作っている藤田容介で、長編映画としてはこれが事実上の商業映画デビュー作となる。
ざっと全体を見ると、この作品は映画のコピーにもあるようにほのぼのとした脱力系のコメディである。それに寄与しているのはなんといっても主演の荒川良々のキャラクターだが、その脇に配した木村佳乃と岡田義徳もほのぼのとした世界にうまく溶け込んでいて、キャスティングは絶妙だ。笑いどころはたくさんあるが、過激さもなく、下ネタもなく、本当にほのぼのと笑うことができる。基本的には下らないギャグで、「鼻くそ」とか子供が笑いそうなネタが多いのだけれど、そういうギャグはやはり単純に面白いし、ばかばかしいと思わせないような構成の工夫があってすばらしい。
しかし、この作品の本当の面白さはそこにはない。この作品が本当に面白いのは、まずはどうでもいいことへのとんでもないこだわりにある。私が好きなのは荒川良々演じる照男の服だ。彼はセーターやトレーナーをいつも着ているのだが、そこに書いてあるのは“MIZZOU”や“☆RYU☆”といったまったくわけのわからない言葉、これを作ったにしろ探して来たにしろ相当な手間がかかるはずだ。しかしそれは物語とはまったく何の関係もなく、映画の中で触れられることもまったくなく、単なる小道具としてしか現れない。それは照男の部屋においてあるフィギュアにも言える。こっちのほうは多少触れられはするが、照男の人物像を作り上げるのと、ちょっとしたギャグのために相当手の込んだフィギュアをいくつも作る。そのあたりのこだわりが本当に面白い。
だからこの作品は好きな人は何度も繰り返し見れば、どんどん笑いどころが増えていく作品だと思う。ホームレスのアーティストが作るオブジェも、古本屋の品揃えも、きっとかなりのこだわりがあって、きっとじっくり見ればそこにまた笑いがあるのだろう。そういえば、父親からの葉書も面白かったし、歌も噴飯ものだった。思い返しても笑えるギャグがちりばめられていて、こういうのはコメディ映画というよりはギャグ映画というべきなのかもしれない。
しかし、この作品はただただ下らないギャグを並べただけの下らない映画ではない。かといって安っぽいヒューマンドラマでもない。この作品の底に流れているのは、異形への愛である。笑いというのは私たちが“普通”と考えているものとはちょっとずれたものを持ってくることで生じるギャップから生まれることが多い。だから外国人や田舎者というのが笑いのネタになることが多いのだ。同様に、身体障害者などの弱者も同様に笑いのネタになりうる。しかし、そのような笑いは下品なものだし相手を傷つけるものだから、心から笑うことはできず、評価されない。だから、コメディ映画にはなかなかそういう人を登場させることすらしない。
しかし、この作品では田中直樹演じる湯原のように人とは違うという人が登場する。ホームレスのアーティストもそうだし、悲劇的に不器用なあかりも広い意味ではそうだ。あるいはホラーに執着する照男もそうかもしれない。この作品は彼らを笑いにしながら、しかしそこには愛がある。あかりがティッシュの箱を開けられないというギャグは本当におかしいが、それであかりを馬鹿にしているわけでは決してない。
それはこの作品がそのような「人とは違う」(=異形)ということに対してある種のうらやましさとか畏敬の念とかを持っているからではないか。文字通り異形の湯原は内面的にすばらしいものを持っていて、自分の外見を気にしてはいるが卑下してはいない。内面的に異形といえるあかりはそのことを気にしているが、無理やりに自分を曲げようとはしない。そのような個人を尊重することによってこの映画は面白いギャグ映画でありながら、心に残る作品となっているのだ。
監督の藤田容介は大人計画などの舞台で使う映像の制作を行ってきた人で、『イヌ的』などの伝説的な短編をいくつも作っている。長編としては1999年に公開された『グループ魂のでんきまむし』があるが、グループ魂がこれだけ人気が出た今でも著作権の問題などがあってソフト化される予定はない。この『グループ魂のでんきまむし』は本当にすばらしい作品で私が劇場に3回見に行った唯一の作品なのだが、3回見といてよかったと思う。ちなみにグループ魂は今ブレイク中の阿部サダヲと宮藤官九郎とブレイクしていない村杉蝉之介の3人による大人計画内のユニット、ちなみに『イヌ的』は荒川良々、皆川猿時、村杉蝉之介の3人による“とびだせボーイズ”の公演で使われた劇中映像だ。
これらの作品を作っていたときは藤田秀幸名義で作っていたのだか、今回は藤田容介と名前を変えた。私はこれは彼が本格的に劇場映画に進出しようという意気込みなのではないかと思ったりする。もちろんこれからも劇中映像も作っていくのだろうが、商業映画も作ってどんどん面白い作品をリリースしてほしいと思う。そうすれば、ソフト化が不可能な作品たちも色々な障害をクリアして発売できるんじゃないかと期待したい。