犬神家の一族
2008/2/20
2006年,日本,135分
- 監督
- 市川崑
- 原作
- 横溝正史
- 脚本
- 市川崑
- 日高真也
- 長田紀生
- 撮影
- 五十畑幸勇
- 音楽
- 谷川賢作
- 出演
- 石坂浩二
- 松嶋菜々子
- 尾上菊之助
- 富司純子
- 松坂慶子
- 萬田久子
- 深田恭子
- 加藤武
- 中村敦夫
信州・那須の犬神財閥の当主佐兵衛が死に、遺言は9人の遺族が集まるまでは公表されないとされた。死から数か月がたち、金田一耕助が犬神家の顧問弁護士事務所の男に呼ばれるが、那須についてすぐその男が死んでしまう。その直後、復員してきた最後の遺族佐清が復員し、遺言が読まれることになったが、その佐清は顔にむごい傷を負い、不気味なマスクをして現れたのだ…
市川崑監督が不朽の名作を30年の年を経て自身でリメイク、金田一耕助を前作と同じく石坂浩二が演じたが、そのほかのキャストはほぼ一新。
この物語は凄く面白い。財産家の遺産相続というありがちな題材ではあるが、その対象となるのが母の違う3人の娘それぞれの一人息子であり、さらにその誰かがもうひとりの遺産相続人である野々宮珠世と結婚すればすべての遺産を相続できるというのである。そしてさらにその結婚が成立しなかった場合には青沼静馬なる謎の人物が遺産相続人の列に加わることになる。そして、その相続人の一人が殺され、その殺人は続くようほのめかされる。容疑者は多く、手がかりは少ない。観客は金田一とともに事件の謎に挑み、その世界に入り込んでいく。この謎解きはさすが金田一ものである。
そして、映画はそこにグロテスクなインパクトを加え、ショックによって観客をさらに圧倒する。佐清のマスクとその下の顔、切断された首と胴体。そして登場人物たちを怪しげに見せる照明やアングルで物語の謎を補強する。
そして、警察を単純で能無しと規定する定番のやり方も聞いている。映画の序盤で加藤武演じる等々力署長は「世の中にはふたつの人間しかいない。善人か悪人だ。」と断言する。この単純明快な論理が間違っているということをこの映画は描き続ける。複雑な物語と対照をなす警察の単純さが物語にクリアな対称軸を提供しているのだ。
しかし、細部を突き詰めていくと、語りきれていないのかもしれないとも思う。この複雑な物語に135分という時間は短かった。実質的に物語に関わってくるのは主に佐清と珠世と謎の復員姿の男だけで、それ以外の登場人物は怪しくはあるものの「こいつが犯人だ」という可能性を感じさせるほどの関わりを感じることはできない。もっと誰もが殺人を犯す可能性を見せて、本当の犯人が誰だかわからないとしなければ、この物語の本当の魅力は伝わらないのではないか。
それに、金田一耕助がなぜそんなに容易に信用されてしまうのかもわからない。別に著名な探偵という設定ではなく、むしろ怪しげな男なのに、犬神の家族にも警察にも簡単に信用されてしまい、事件の核心にずんずん進んでいってしまうのだ。
それにも関わってくるのだが、映画の構成としてどれくらいの時間がたっているのかがわかりにくいということもある。事件と事件の間、あるいはシーンとシーンの間にどれくらいの時間があったのかがわかりにくいために、誰が反抗を犯した可能性があるかなどということを推察しにくい。時間がわかるのは復員姿の男が宿屋に現れた午後8時という時間だけで、それ以外は昼か夜かがわかるくらいで、シーンの変わり目でそれが次の日なのか、同じ日の何時間か後なのかということがちっともわからない。
勢いに乗ってしまえば気にはならないのだが、謎解きの知的なゲームを楽しむよりは、乗り物に乗せられて進むお化け屋敷のようで推理ものとしてはちょっと不満が残った。
もちろん、そこには市川崑監督自身による30年ぶりのリメイクということで、謎についてはすでに知った上で見ている人も多いだろうという考えもあるのだろう。しかし、知っている人も知らない人も楽しめてこその作品だし、逆に知っている人を楽しませるためにもじっくりと見せていくべきだったのではないか。もちろん、そこは非常に難しいところではあるが、どうも中途半端になってしまった感は否めない。
リメイクという点では、キャストも話題のひとつだ。石坂浩二が再び金田一耕助を演じたという点では、この作品だけを見る限り問題は無いし、どこかで金田一耕助と石坂浩二のイメージが結びついているから違和感は無かった。富司純子と尾上菊之助の親子もちょっと大げさではあったがなかなかよかったと思う。松嶋菜々子はキャラクター設定がよくわからず、失敗だったかもしれない。この珠世というキャラクターはもっとはっきりした性質を持っていないと物語り全体がしまらない。それはもちろん脚本のせいもあっただろうが、別の人が演じたらもっとはっきりした印象になったのではないかとも思った。脇役の中で白眉は深田恭子だろう。演技は決してうまいとはいえないのだが、登場から完全に昭和の娘に染まりきり、その世界にすっと溶け込む。それぞれの役にあった話し方を身につけたら深田恭子は女優として化けるかもしれない。奥菜恵はシリアスな役よりもコミカルな役が向いていると思う。この作品でも唯一の見せ場は障子に突っ込むシーンだった。