億万長者
2008/2/26
1954年,日本,83分
- 監督
- 市川崑
- 脚本
- 市川崑
- 撮影
- 伊藤武夫
- 音楽
- 団伊玖磨
- 出演
- 木村功
- 久我美子
- 山田五十鈴
- 伊藤雄之助
- 岡田英次
- 左幸子
税務署に勤める舘香六は気が小さくて意気地がない正直な男。署長にせっつかれて税金が未納の家を回るが、どこも子沢山で税金など払えないという。そのうちの一軒贋家は子供が18人いる上に2階には原爆を作ろうとしているという若い女性が下宿までしていた…
当時の社会状況を反映しながら大げさな表現で笑いを誘う社会派コメディ。破天荒で勢いがあってかなり面白い。
映画は「東京新名所」と題されたキャプションで始まる。最初は数寄屋橋、久我美子が「原爆を作ろう」と演説をぶっている。その他は小菅刑務所(政治家が議論している)や赤坂料亭、羽田飛行場である。この人を食ったような始まり方。しかも羽田空港ではスプーンついて勉強するために外国に行くという男が演説をぶっている。そして続くシーンは銀座、しかし和光の時計台の文字盤のてっぺんには“25”という字が。
場面は変わって主人公が登場。うだつのあがらない税務署員の男舘香六の日常が描かれるのだ。しかし、その税務署の署長の子供は23人、香六が訪れる納税者の家(最初のシークエンスで飛行機で飛び立った男の葬式のシーンである)にも子供がたくさん、次に訪ねる家も子供がたくさん。しかもこの家、国会議事堂を間近に臨みながら小汚い空き地の脇に立つバラックで傾き、ひしゃげ、2階は崩れ落ちそうなのだ。いくらまだまだ戦後とはいえ、国会議事堂のすぐそばにこんな家が建っているはずはない。
つまりこれは全体が現代社会に対するパロディ、現代社会の問題を誇張して笑いにしたフィクションの世界なのである。和光の時計はもちろん24時間では収まらないモーレツさへの批判だろうし、国会のすぐそばにバラックがあるというのは貧富の差の激しさへの批判だろう。
しかしこの作品はそのような社会の矛盾を小難しく考えさせようと言う作品ではまったくない。むしろそれを笑い飛ばそうという作品だ。この作品を見る観客はどちらかといえば貧しい人たちだろうし、モーレツな生活を強いられている人たちだろう。そんな人たちにエールを送るべく、この作品は作られたのだと思う。最終的にバカ正直で小心者で意気地のない香六が悪を暴こうと「脱税者名簿」を作るなどと言うのは、庶民の日ごろの鬱憤を晴らすのに格好の題材だ。
そこに原爆が怖い香六が走って逃げて沼津まで行ってしまうなんてギャグが挟まれる。まあギャグが面白いかどうかは別にしても勢いが感じられる作品だ。
そして、役者たちもいい。久我美子、岡田英次、左幸子といった若い役者たちはみずみずしくエネルギーを感じさせる。ボロに身を包んだ久我美子は出が貴族なのに、意外とこんな役も似合う。ボロは着てても心は錦ではないが、さもするとただの強靭になってしまいそうな役柄をうまく演じているといえる。岡田英次は貧乏兄弟の長男でニューフェイスとして俳優の修行中という設定、ブリーフ姿で踊ったりと二枚目のイメージとは裏腹なコミカルさがいい。左幸子はちゃきちゃきの税務署員、『女中っ子』で話題になる前で主役級ではないが、一番勢いを感じさる現代的な役であったように思える。主役の木村功ももちろんいいが、どちらかというと脇役のほうが目立っているか。
そしてなんといっても光っているのは山田五十鈴だろう。13人の子持ちの芸者というなんともすごい役だが、母親らしい頼もしさと芸者のあでやかさを見事に同居させ、それほど登場シーンは多くないにもかかわらずすごい存在感を見せる。
こんなハチャメチャな作品でも役者たちはしっかりとした演技を見せる。これは日本映画が本当に勢いを持ってきた時代を象徴する作品なのかもしれない。