やわらかい生活
2008/4/7
2005年,日本,126分
- 監督
- 廣木隆一
- 原作
- 絲山秋子
- 脚本
- 新井晴彦
- 撮影
- 鈴木一博
- 音楽
- nido
- 出演
- 寺島しのぶ
- 豊川悦司
- 松岡俊介
- 田口トモロヲ
- 妻夫木聡
- 大森南朋
- 柄本明
インターネットの掲示板で“合意の上での痴漢”に参加することにした橘優子はそのとき訪れた蒲田に一目惚れ、「“イキ”のない下町」蒲田の銭湯の2階に引っ越す。そんなある日、大学の同級生本間に出会い、両親の7回忌で福岡に帰っていとこの祥一と再会する…
絲山秋子の「イッツ・オンリー・トーク」を『ヴァイブレータ』の廣木隆一監督、寺島しのぶ主演コンビで映画化。蒲田を舞台に、35歳の女性の日常を描く。
映画は最初、蒲田というまさに「“イキ”のない下町」をそぞろ歩く寺島しのぶによってゆるりと始まる。どこか懐かしい街並み、高層ビルから見下ろせる小さな観覧車、タイヤで出来た“タイヤ怪獣”のある公園、そんな“昭和”な風景がのどかでいい。
しかし、鬱病のやくざ(妻夫木聡)からホームページを見たと連絡があり、彼女もまた精神病(躁鬱病)であるとわかると、話はのどかなどというものではなくなる。両親を阪神大震災で亡くし、恋人を地下鉄サリンで亡くし、親友を9.11で亡くしたと語る彼女は両親の死後、入院生活を余儀なくされ、いまも薬の服用が欠かせない。 そんな彼女のバックグラウンドが明らかになると、のどかな日常を描いた物語などとは言っていられなくなる。
しかし、この映画がいいのは、彼女が精神病であるとしても、それを主題とするのではなく、その病気をあくまでも彼女の人間性のひとつの要素に留めている点だ。もちろん彼女の行動には精神病が大きく影響してくる。ちょっとしたことでふさぎこんでしまったり、妙にはしゃいだり。しかし、彼女は薬の助けも借りてとそれを何とかコントロールしようとしているし、実際に知らなければ精神病で苦しんでいるとはわからないようなのだ。
精神病をテーマとしてそれを描くのではなく、35歳の女性の生活に落ちる影として精神病を描くというのは、精神病というものが決して珍しくないこの社会を描くうえでは非常にいい方法だと思う。心療内科に通ったり、薬を服用していたりする人は少なくないはずだ。しかし、それを明かすことなく生活している人も多い。そうする理由としてはもちろん精神病に対する偏見を恐れてそれを隠すという要素もあるのだろうが、「そんなにたいしたことではない」という心理が働いているともいえるのではないか。精神病というのは肉体の病気と同様に誰でもかかる可能性があるし、治療が可能な病気である。もちろんその治療は難しいが、糖尿病の治療だって難しい。この作品は精神病を日常のレベルに落とすことで、そんなメッセージをひっそりと発しているような気がする。
ただ、ドラマとしてみると、これはかなりきつい。ここに描かれているのは日常であっても、その苦悩であり、生きにくさである。『やわらかい生活』なんて題名がつけられているけれど、その生活は決してやわらかいなんてものではない、それは砂漠のように荒涼としたものだ。しかし、主人公はその砂漠の中にオアシスを見つけ、一時の安らぎを得ることも出来る。そのオアシスからもすぐに追い出されてしまうのだけれど、彼女はまたオアシスを見つける。そんな生活がどこに向かうのかはまったくわからないけれど、彼女は何とか生きている。彼女はいとこの祥一に「死にたくなるのが怖い」と言った。
「死にたくなるのが怖い」、自殺は現代社会の問題のひとつである。そしてそれは精神病と強く結びつくことだ。現代社会と死と、そんな重いテーマを考えざるを得ないこの作品は重い作品ではあるけれど、じっくりと考えたい人にはいいだろうと思う。
寺島しのぶは本当に凄い。決して美人ではないけれど、エロティックでもあり、魅力的でもある。難しい役どころを表情や体の動きで表現する演技のうまさは言うまでもない。病気で苦しんでいるときの眉間の皺、うきうきと化粧をするときの表情、それらを見ていると、それが演技ではないような木になってきてしまう。
出演する作品が重いものばかりという気もするが、そんな重さの中でこそ発揮される魅力なのかもしれない。(でも、『ゲゲゲの鬼太郎』の続編に出演するらしい)