メトロに乗って
2008/4/19
2008年,日本,171分
- 監督
- 宮坂まゆみ
- 原作
- 浅田次郎
- 撮影
- 野口かつみ
- 脚本・演出
- ワームホールプロジェクト
- 音楽
- 井上ヨシマサ
- 高田浩
- 出演
- 広田勇二
- 秋本みな子
- 吉田朋弘
- 井田安寿
- 佐藤伸行
汚職事件の渦中にあった小沼財閥の会長小沼佐吉が倒れる。その次男の小沼真次は父親に反発して家を出、下着の営業マンをしていた。同窓会に参加した帰り道、永田町の駅のホームで昔の先生野平と再会、彼と別れて歩き始めると真次は昭和39年の中野の町にいた。
浅田次郎原作の音楽座ミュージカルをデジタル技術を駆使して劇場映画用に収録した作品。従来の舞台収録映像とはまったく異なるものとして企画された。
内容よりもまず注目すべきなのはその映像のクオリティだろう。実際のミュージカルの舞台を数台(資料によると9台)のハイビジョンカメラで撮影し、それを編集した映像。それは舞台の隅々をくまなく映し、同時にズームインすることで実際に舞台を見た観客にも見ることができない役者の表情やしぐさを具に見ることができる。その映像の画質は本当に驚くべきもので、大画面に引き伸ばされてもまったくぼやけることなく、きめの細かい映像を保っている。そして音響も立体的なサラウンドで舞台を見つめる観客というよりは舞台の上に載ってそこで行われていることを体験しているような感覚に襲われる。
その体験はかなりの迫力で楽しいのだが、ただあまりに肉薄しすぎている難点もある。クロースアップでとらえられた役者たちは汗だくで玉の汗を通り越して汗が顔から流れ落ちている。暑い寒いといったシチュエーションにかかわらず主役級の役者たちは誰も彼も汗だくなので、それが物語世界に入り込む邪魔にもなり、役者にとってもあまり望ましいことではないように思える。しんみりとしたシーンでも顔には汗の筋が光る。舞台を見上げる観客であったら目に付かないであろうそういう点が高画質であるがゆえに見えてしまう。仕方がないとはいえ、そのあたりが少し気になる。
ミュージカル映画だったなら、一気に撮影する必要はないのでそのあたりは十分に考えて演出することができる。この作品は舞台の記録であることに意味があるだけに、記録としての意味と映像作品としてのクオリティとの間のバランスの撮り方がなかなか難しいと感じた。
中身のミュージカルのほうはなかなか面白い。ミュージカルだから当然なのだが、とにかく歌って踊る(しかも歌が日本語)というのは最初は鼻白いものがあるが、歌ではない部分も増え、慣れてくるとそれほど気にならなくなってくる。逆にミュージカルというのは音楽の力があるからセリフだけの演劇と比べて無駄な演出が必要ないのだと言うことに気づかされる。セリフだけの芝居はその場面を演出し、演者の感情を表現するのに音響や照明を工夫する必要があるが、ミュージカルはそれほど工夫しなくても歌という音楽がそれを表現する。それがミュージカルのよさなのだということを知った。
物語のほうは主人公の真次が過去にタイムスリップしながら、病床にある縁を切った父親の過去を少しずつ知っていくという物語。予想以上にSF色が強く、真次が過去に行くことで現在に小さな変化が生まれ、最後には大きな変化が…
この原作は映画にもなった(未見)けれど、なるほど映画にするにはいい題材で、昭和のノスタルジックな情景も描けるし、戦争と戦争直後の混乱も描けるし、人間の感情も描くことができる。物語の展開としてはそれほど驚くようなものではないけれど、さまざまな人間模様を描いてなかなか面白い。