あるスキャンダルの覚え書き
2008/5/18
Notes on a Scandal
2006年,イギリス,93分
- 監督
- リチャード・エアー
- 原案
- ゾーイ・ヘラー
- 脚本
- パトリック・マーバー
- 撮影
- クリス・メンデス
- 音楽
- フィリップ・ダラス
- 出演
- ジュディ・デンチ
- ケイト・ブランシェット
- ビル・ナイ
- アンドリュー・シンプソン
ロンドンにある労働者階級の子供が通う学校の歴史教師バーバラは人に打ち明けられる秘密を日記に記していた。その学校に美術教師としてシーバが赴任してくる。バーバラとシーバは少しずつ仲良くなっていくが、クリスマスを目前にしたある日、バーバラはシーバと一人の男子生徒との情事を目撃してしまう…
ジュディ・デンチとケイト・ブランシェットという実力派女優が共演したサスペンス・ドラマ。
イギリスの重く垂れ込めた空の下、新任の美術教師シーバが生徒達に手を焼き、それをベテランのバーバラが助ける。しかし、バーバラは厳格で冷たいがゆえに生徒からは恐れられ、同僚からは疎んじられている。そんなだからもちろん友達はいないが、シーバとは友だちになれそうだと感じ、シーバのほうも助けてくれたバーバラに好感を持つ。しかし、そのバーバラがシーバと男子生徒(15歳)の情事を目撃すると状況は一変、バーバラはそれをシーバを支配する好機と考え、徐々に彼女をコントロールしていくわけだ。
ここからの展開がかなり怖い。思い込みが強い独りよがりのオールドミスが相手の弱みに付け込んで、相手を自分の思い通りに操ろうとする。しかもそれは「あなたのためだ」と言い放つのだ。しかも、それがすべてバーバラのモノローグによって語られるというのが一方的な視点でまた怖い。
それをジュディ・デンチは見事に演じている。無表情で冷淡で、しかしその装いが崩れたときには醜い姿になる。ある意味サイコパスとでも言うべき役を演じながら同時に醜い姿もさらすという熱演がこの作品の最大の見所だろう。
ケイト・ブランシェットも15歳の男子生徒を夢中にさせる「エロさ」を醸し出して非常にいい演技をしている。脚本も演出も映像もこれといって取り立てて面白いところがあるわけではないのだが、このふたりの女優が映画を面白いものにしている。物語のほうもバーバラとシーバというふたりの女性の対決というのが最終的な展開になるわけだが、映画としてもジュディ・デンチとケイト・ブランシェットのふたりの対決という様相を呈する。
役柄上ジュディ・デンチが圧倒的な存在感を示し、デンチに軍配が上がったという気がするが、役者としては実はケイト・ブランシェットのほうがひそかに力を発揮しているのではないか。歳若い恋人を誘惑するエロティシズム、子供を愛する母性愛、人間関係に悩む弱さ、時には極端に走るエキセントリックさ、そんな相反する性質を併せ持つ女性を見事に演じたのはケイト・ブランシェットだ。ジュディ・デンチは非常な存在感があるがその役柄はシンプルだ。それに対してケイト・ブランシェットは、人間なら誰しもが持つ複雑さが、ストレスフルな環境で極端に表れるという状況を見事に演じている。
感動もなく、笑いもなく、社会派でもなく、教訓もない。日常に潜む怖さと人間がいるというだけで1つのドラマを作り上げてしまう。私はこんな映画が好きだ。映画というのは「感動作」とか「大爆笑」とか「考えさせられる」とかいったキャッチフレーズによって「こんな映画だ」といわれて、それを読んで作品を選んだりするけれど、そういう映画ってのはあくまでもその期待に作品の質が届いているかという視点で映画を見てしまう。
しかし、こういう作品は日常のすぐそばにありながら、自分自身の日常とは違う日常がリアルに描かれており、それが非日常とはいわないまでも、日々の生活から一瞬はなれて別の自分を体験するような、そんな感覚がいいのだ。こういう作品を掘り出すのはなかなか難しいが、ぜひ見つけていきたいところだ。