茄子 アンダルシアの夏
2008/6/10
2003年,日本,47分
- 監督
- 高坂希太郎
- 原作
- 黒田硫黄
- 脚本
- 高坂希太郎
- 撮影
- 白井久男
- 岸克芳
- 音楽
- 本多俊之
- 出演
- 大泉洋
- 筧利夫
- 小池栄子
- 平野稔
スペイン、アンダルシア地方のバルでは自転車レースが目の前を通過するのにあわせてテレビを導入。その日は地元出身のぺぺ・ベネンヘリが“ブエルタ・ア・エスパーニャ”を走る日だった。そして、その日は折りしもぺぺの兄アンヘルの結婚式の日でもあった。ぺぺはチームのエースとともに集団を抜け出しスパートをかける…
スタジオ・ジブリ出身の高坂希太郎が黒田硫黄の同名マンガを映画化。47分の中篇ながら十分なドラマを描きこんだ好作品。
自転車レースというのはヨーロッパではサッカーに次ぐくらいの人気のスポーツだというのはよく聞く(とはいっても、サッカーに次ぐ人気だというスポーツはラグビーやアルペンスキーやF1などたくさんあるのだが)。しかし日本ではあまり人気のないこのスポーツを映画にしようと考えたのは好きだからこそなのだろう。
そして、その試みは成功していると思う。ニュース映像なんかを見ていると、ただ集団で走っていて最後だけみんな一生懸命こぐみたいな印象がある自転車レースの中にある駆け引き、チームの思惑、チーム内の関係なんていうものを主人公のぺぺの視点からしっかり描き、うまくまとめている。もちろんこれは非常に小さい話で、だからどうしたといわれてしまえば吹き飛んでしまうようなエピソードなんだけれど、私はこういう小さい話は好きだ。
映画、特にアニメというのは何か壮大な世界観のようなものがあって、その世界の中である種のスペクタクルが展開されるというようなものが観客から期待されているような気がする。スタジオ・ジブリの作品(というよりは宮崎駿作品)だって牧歌的な絵を描きながらも、描く世界はどれも現実を凌駕した壮大なものである。
それに対してこの作品はプロスポーツというスペシャルな世界ではあるけれど、自転車しかとりえのない普通の男が悪戦苦闘するという非常に日常的な物語だ。サブプロットとして展開される兄の結婚式にまつわる過去の物語もこの物語の日常性と、ぺぺの普通さを補強する。
つまり、この作品は確信犯的に小さな物語を作っているのだ。宮崎駿のような作品を期待するジブリファンにはまったく持って物足りない作品だろうとは思うが、私はこういう小さな作品にこそ映画の真髄があるような気がする。この作品のディテールはアニメというよりは実写的で、感心する。アニメだから映像は自由に作れるはずなのに、この作品はまるで物理的なカメラで撮影しているかのような映像の制約に従う。空撮も実際にヘリで撮ったようにしか動かず、目の前を通過する自転車も固定カメラの首が触れる範囲でしか被写体を追わない。アニメであるにもかかわらずそのようなリアリティを追求するところにもこの作品のあくまで日常的であろうという姿勢を感じる。
しかし、最後の最後で映像は劇画に転調する。この転調が非常に効果的でいい。宮崎駿の作品では決して見ることの出来ない生々しくておかしい描写、これが最後にぴりりと効いている。
さて、主人公の声は大泉洋。この作品は2003年だから、彼が全国的に名の知れる前の作品である。実はジブリ作品には『千と千尋の神隠し』ですでに出演しているが、それはスタジオ・ジブリの人たちが「水曜どうでしょう」のファンだったからだという。特にこの作品の監督高坂希太郎は「水曜どうでしょう」の熱狂的なファンで、どうでしょうファンにはお馴染み藤村Dも声の出演を果たしている。そしてエンディングは小林旭の「自動車ショー歌」の替え歌である「自転車ショー歌」でこれを自転車好きで有名な忌野清志郎が歌っているわけだが、「自動車ショー歌」も実はどうでしょうファンにはおなじみの歌というわけだ。
つまりは好きなもので映画を作れる、こんな幸せなことはないという話。しかし、それできちんと面白い作品を作れるんだから凄い。