スリ
2008/7/8
2000年,日本,112分
- 監督
- 黒木和雄
- 脚本
- 黒木和雄
- 真辺克彦
- 堤泰之
- 撮影
- 川上皓一
- 音楽
- 松村禎三
- 出演
- 原田芳雄
- 風吹ジュン
- 真野きりな
- 柏原収史
- 石橋蓮司
- 平田満
- 香川照之
初老の海藤は“ハコ師”と呼ばれる電車専門のスリ、しかしアル中で手が震えて仕事が出来ず、馴染みの刑事には馬鹿にされ、娘のレイの稼ぎで食べていた。そのレイはスリをした現場を刑事に見つかり、その場にいた一樹のポケットに財布を忍ばせる。その一部始終を見ていた一樹はスリになろうと海藤に弟子入りを志願するが…
黒木和雄監督が『浪人街』以来10年ぶりに撮ったドラマ。人間描写が秀逸でこれぞドラマだと感じさせてくれる作品。
いい映画にはサスペンスとか感動とかいった人を惹きつける魅力が備わっているものだ。サスペンスなら物語に引き込まれてわれを忘れてしまったり、ヒューマンドラマなら登場人物の人となりなんかにひきつけられて自分のことのように感動してしまったりする。
この作品の魅力は登場人物の描写の仕方である。登場する人々が特別魅力的というわけではないのだが、その描き方が非常に面白いのだ。この作品にはスリの海藤を中心にさまざまな人々が登場する。“娘”のレイとその兄、弟子入りを志願する一樹、海藤と昔馴染みの刑事とその若い相棒、海藤が一度だけ参加したことがある断酒会の主催者レイコとそこで働く鴨井と断酒会のメンバー達。
これらの人物達は主人公の海藤も含めていきなり登場し、それがどのような人物かも説明されずに物語に飛び込んでくる。観客はその言動からその人の人物像や主人公との関係を推察するしかないのだが、そのように推察させるやり方が非常にうまい。予想した人物像と確認できるには足りない説明と、意外な行動が謎かけのように投げかけられるのだ。
たとえば“娘”のレイは痴漢をされてカモの気をそらす海藤の相棒として登場し、同時に野良犬を保護する施設で働く女性でもある。そして海藤と一緒に暮らしてもいる。そこから娘らしいということがわかるのだが、いわゆる普通の親子ではなさそうで… という感じに人物が描写されていくのだ。もうひとりのヒロイン風吹ジュン演じるレイコにしてもただ断酒会を主催しているというだけではなく、その裏にはいろいろな感情や記憶が渦巻いているようでもあり、海藤がスリだとレイから聞いたときには、不釣合いに大笑いする。
このレイコと海藤の関係が終盤の鍵となり、海藤のことを憎むレイの兄も深く関わってくる。終盤に入ってそれぞれの人物像が大体明らかになると、そこから感じるのは、ここに登場する人々の人生が決して交わっていないということだ。たくさんの人間が登場するわけだが、彼らの人のベクトルはどれも交わらず、どれも平行でもないねじれの位置にある。みなが孤独を抱え、近づいたり遠ざかったりしながらも孤独な歩みを続けているのだ。その交わらなさ、埋めようのない距離感が非常にいい。
しかし、終盤にはその距離が縮まっていく。交わらないまでも彼らの人生はニアミスし、干渉しあう。それは必ずしも幸せな干渉ではなく、孤独が去ることは決してないが、しかし孤独を抱えて者同士が何かを与え合ってまた分かれていくのだ。
レイの兄が海藤を憎む理由は最期まで明らかにならないけれど、この作品としてはそれが自然な結末だろう。ここに登場する人物やその人物同士の関係は結局どれも審らかにならないのだから。そして、それが当然なのだ。人は他人のことがわかった気になることはあっても、決して本当に理解することなど出来ない。それぞれの人が抱える“闇”の部分というのは常にあり、ドラマというのはそこから生まれるのだ。この物語は一応の結末を迎えるけれど、謎は残り、そして人生は続くのだ。