長江哀歌
2008/7/23
三峡好人
2006年,中国,113分
- 監督
- ジャ・ジャンクー
- 脚本
- ジャ・ジャンクー
- 撮影
- ユー・リクウァイ
- 音楽
- リン・チャン
- 出演
- ハン・サンミン
- シェン・ホン
- ワン・ホンウェイ
- チョウ・リン
中国四川省、奉節へとやってきたハン・サンミンは16年前に別れた妻子を探すが、訪ねた住所はすでにダムの底に沈んでいた。サンミンは妻の兄の言に従い、働きながら妻の帰りを待つことにする。同じころ、シェン・ホンも2年間音信不通の夫を探しにやってきていた。
大規模なダム建設が進む三峡を舞台に織り成す二組の夫婦のドラマ。2006年のヴェネチア国際映画祭グランプリ受賞。
ダムで町や村が沈む、親戚や友人を探しに人がやってくる、散り散りになった人たちの行方は容易には知れない。さらに沈もうとする町は建物が次々と取り壊され、残っているのは貧しい人たちばかりである。
日本でも何十年か前に見られた風景と言ってしまうと牧歌的な響きになるが、実際にはむしろ現在よりも生々しく、汚らしくもある風景である。
主人公のサンミンは山西省からその滅びつつある町に来る。16年前に分かれたきりだという妻と娘を探しに。妻の兄はすぐ見つかるが、妻に会うには2ヶ月ほど待たなければならないといわれる。サンミンは迷うことなくビルの解体の仕事を始め、安宿に逗留する。その町の男たちはみな上半身裸で浅黒く、いつも体を脂で光らせている。そこにすっと溶け込んだサンミンはただただ娘に会うことを夢見て、淡々と日々を過ごす。
そしてもうひとり、山西省から人を探しに三峡へとやってくるのが、シェン・ホンである。シェン・ホンは奉節のさらに南、遺跡発掘現場のある町へとやってくる。夫はその土地で社長として働いているのだが、もう2年も音信がない。遠路はるばるやってきたが、サンミンと同様なかなか会うことが出来ず、夫の軍隊時代の仲間ワン・トンミンと町をさ迷い歩くことになる。
このシェン・ホンが訪れた町はサンミンが訪れた奉節と比べるとはるかに都会できれいだ。しかし、ワン・トンミンの家の窓からは奇妙な形の建物が廃墟のように建っているのが見える。
人は散り散りになり、自然は壊され、いろいろなものが朽ち果てていく。この映画は朽ち果てるイメージに満ちている。文明化/経済成長がもたらす地域社会の崩壊、人は物理的にも精神的にも離れ離れになり、どんどん孤独になっていく。
日本よりはるかに広い国土を持つ中国のこと、離れ離れになった夫婦の心の距離は想像を絶するほど遠い。
この作品には、明らかにCGという作品の雰囲気にそぐわないシーンが唐突に2箇所出てくる。ひとつは建物がロケットのように飛び立つシーン、もうひとつはビルが突然崩れるシーンである。この不釣合いなシーンを入れたことは必ずしも成功とはいえないと思うが、それでもこの唐突なシーンが登場人物の心を表しているということはわかる。
これはこの映画が積み重ねるイメージの連鎖の極端である。淡々と言葉をあまり発することのない登場人物に変わって観客に語りかけるイメージは、脱線することでさらに能弁に語り始める。
ヴェネチア国際映画祭でグランプリを受賞した作品ではあるが、見るものを選ぶ作品だ。それはこの作品がいわゆる難解な作品で、映画に詳しかったり、映画の見方をわかっている人にしか理解できないということではない。この作品が選ぶのは我慢強い人々だ。映画が語りかけることを真摯に受け取り、それを自分の心に響かせて見る我慢強さを持った人々だ。この映画が伝えてくる辛さを甘んじて受け止め、それを抱え込む強さを持った人々だ。
はっきり言ってこの映画がいい映画だとは私には思えない。しかし、こういう映画があってもいいとは思う。あえてこのつらい世界に入り込むという体験が見る者に何かをもたらすということもあるはずだ。