恐怖の報酬
2008/7/27
Le Salaire de la Peur
1953年,フランス,149分
- 監督
- アンリ=ジョルジュ・クルーゾー
- 原作
- ジョルジュ・アルノー
- 脚本
- アンリ=ジョルジュ・クルーゾー
- 撮影
- アルマン・ティラール
- 音楽
- ジョルジュ・オーリック
- 出演
- イヴ・モンタン
- シャルル・ヴァネル
- ペーター・ヴァン・アイク
南米の小さな町、多くの食い詰め者たちがたむろするレストランでマリオもぶらぶらと日々を過ごしていた。そこに飛行機でジョーという男がやってくる。大物風情のジョーは同郷のマリオを気に入り、彼とつるむようになる。ある日、町の近くの油田で火災が発生、石油会社はニトロを運ぶトラックの運転手を高報酬で募集する。
非常に男くさいサスペンス映画。緊迫感と人物描写が秀逸でアンリ=ジョルジュ・クルーゾーの代表作といえる。
物語としてはなんてことがない話だ。流れ流れて南米の小さな町にやってきた男達。そこは石油の街で石油に関わっていればそれなりに稼ぐことができるのだろうけれど、そこからあぶれてしまった男達には仕事もない。そして、飛行機以外に町から出る手段がないために金がない彼らは他の町に行くことも出来ない。この町はマリオが言うように監獄のようなものなのだ。
そんな食い詰めた男たちのところにおそらく警察から逃げてきたと思われるジョーがやってくる。しかし彼も金はなく、食い詰め物が増えたに過ぎない。しかし彼がやってきたことによって町の男たちの関係が変化し、争いごとが増えてしまう。
そんな男たちのところにふって沸いた高額の仕事、それはちょっとの振動で爆発してしまうニトログリセリンを普通のトラックで500キロ運搬するという仕事だ。そして、1台のトラックにはマリオとジョーが乗ることになる。
この作品の肝は第一には、この時の緊張感である。さまざまな障害が彼らの前に立ちはだかり、いつ爆発するか知れない緊張感がずっと続く。時間差で出発したもうひとつのトラックにはマリオと喧嘩した親友のルイジが乗る。トラックが2台であるというのも運搬を複雑にし、さらに緊張感を高めるのに役立つ。いわゆる大スペクタクルではまったくないのだが、本当に手に汗握るスリルがそこにはある。
そして、この2台のトラックに乗った4人の男たちの心理の変化がもうひとつの肝である。大物然としたジョーは大口を叩いてトラックに乗るが、徐々に弱気になっていく。これに対してマリオのほうは徐々に自信に満ち、大胆になっていく。極限の恐怖というのは人間の本性を審らかにする。この作品のタイトルは『恐怖の報酬』であるが、それはジョーが劇中で言う「これは恐怖に対する報酬でもある」という言葉に由来する。つまり、ただ運転するのではなく、恐怖に打ち勝つことこそがこの仕事の肝なのだ。だから報酬は運転技術ではなく、恐怖に対して支払われる。恐怖を克服するだけでなく、その恐怖を抱え続けることができた者のみが報酬を受け取ることができるのだ。
現在のサスペンスはもっと派手にもっとすごい緊迫感を生み出すことも出来る。しかし、その緊迫感というのは単純にあるひとつの恐怖を克服するというだけの緊迫感で、一面的なものに過ぎない。この作品がはらむ緊迫感というのは凄くもやもやとした緊迫感だ。目標はニトロを運ぶというただ一つのことなのだけれど、ただそれを成し遂げればみんな幸せというものではない。それは、物語の構造としてその目標に向けてみなが一致団結し、固い絆で結ばれ…などというものではないからだ。しかし、そこにこそリアリティがある。
ヒーローが超人的な精神力で困難を克服する、そんなサスペンスとは違う生々しい緊張感がこの作品の面白さだ。