その夜は忘れない
2009/8/8
1962年,日本,96分
- 監督
- 吉村公三郎
- 脚本
- 白井更生
- 若尾徳平
- 撮影
- 小原譲治
- 音楽
- 團伊玖磨
- 出演
- 若尾文子
- 田宮二郎
- 川崎敬三
- 江波杏子
- 中村伸郎
- 三木裕子
週刊ジャーナルの記者神谷は原爆から17年目の広島を取材に訪れる。彼の取材する限りでは原爆の傷は癒え新たなトピックは内容に見えた。しかし六本指の赤ん坊が生まれたという噂を聞いた彼はその噂を追う…
17年後の広島を舞台に展開される原爆の傷跡と純愛を描いた物語。脚本家の水木洋子が構成に参加している。
原爆から17年後の広島を訪れた雑誌記者が一人の女性と出会い、原爆の現在の真実に出会う。広島は急速に復興し、人々から暗さは消えたが、原爆の傷跡は消えたわけではない。そのことを純愛ドラマを通して描く。これは非常に映画の作り方だと思う。
モノクロの映像と團伊玖磨の音楽、これが表面上は明るく見える広島が抱える暗さを暗示し続ける。そして田宮二郎は何かにいざなわれるようにその暗さに迫っていく。
ただこの作品の若尾文子はどうもぎこちない。若尾文子は徹底的に明るいとか徹底的に暗いとかそういう役をやらせるとうまいのだが、表面的な明るさとその奥に潜む暗さというような役をやらせるとぎこちなさが出る場合があるようだ。もちろんそういった人物にはぎこちなさが伴い、それが奥に潜む何かをうかがわせるわけなのだが、そういうぎこちなさとは違う演じる上でのぎこちなさが見え隠れしてしまうのだ。そこがすこし残念だった。
しかし、そのぎこちなさを補いうるくらいの印象は残した。特に彼女が抱える暗さはこの作品全体を暗く照らし、その暗さが印象的で見るものの心をつかむ。暗いがゆえのロマンティズム、悲惨であるが故の純愛の美しさ、それがこの映画の魅力なのだ。
そして、作品には考えさせられる部分は多い。
若尾文子演じる秋子が神谷に手渡した被爆石、それはまさに被爆者の暗喩である。表面上は原爆がなかったのと変わりがないが、内部には今にも崩れ落ちそうなもろさを抱えている。それは肉体的にも精神的にもそう。原爆の人体への影響はいまだにすべてが明らかになったわけではない。
それは広島は立ち直ったようでいて、実際はずっと傷を抱え続けているということだ。そして、その傷を掘り返すことはせず、しかし傷を抱え続けていることを忘れないために私たちは繰り返し広島・長崎を思わなければならない。
この映画が作られたのは17年後だが、その後も繰り返し原爆にまつわる映画は作られている。そして今後も作られ続けなければならない。原爆にまつわる映画の年表は今後も隙間が出来ることなく埋められていかねばならないのだ。
ドキュメンタリーもリアルでいいが、こういうドラマで語られるというのも印象に残っていい。近年では『夕凪の街 桜の国』という作品もあってなかなか印象的だった。私たちの義務はそれを観続けることだ。そしてそのためには質のいい作品が作られ続けて欲しい。