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TIFF2009

ザ・コーヴ

イルカ漁の実態に迫る戦闘的ドキュメンタリー。攻めるか守るかはあなた次第。

★★★.5-

2009/10/19
The Cove
2009年,アメリカ,93分

監督
ルイ・シホヨス
脚本
マーク・モンロー
撮影
ブルック・エイトキン
音楽
J・ラルフ
出演
リチャード・オバリー
ルイ・シホヨス
サイモン・ハッチンス
preview
 和歌山県太地町、この町に滞在するリチャード・オバリーはTV「フリッパー」で世界一有名になった元イルカ調教師。今はイルカ保護活動に携わり、太地町で行われているイルカ漁に反対している。そこに写真家でこの作品の監督でもあるルイ・シホヨスらの支援者がやってくる。すでに地元の漁師に目をつけられている彼らはいかにしてイルカ虐殺の現場をカメラに収めるのか…
 世界中で物議をかもす、イルカ漁の実態を明らかにしたドキュメンタリー。日本で行われていることだけに日本人も知っておいたほうがいい。
review

 イルカ保護活動家がイルカ漁が行われている町に滞在し、その様子を撮影するとなると、この映画がイルカ漁反対のプロパガンダになるであろうことは予想がつくし、事実そのような映画だ。

 しかしこれはかなり洗練されたプロパガンダだ。論理的な事柄と感情的な事柄、倫理にかかわること、政治にかかわること、それらをあえてごちゃ混ぜにして、結果的に感情に訴えようとする。彼らがイルカ漁に反対する最大に理由が「イルカから何かを感じる」からだということは明らかだ。

 感覚から導き出された彼らの主張には、もちろん論理的ではないという反論がありえ、その反論も当を得ていると思うが、実は感覚的な部分というのもないがしろにするわけにはいかないと思う。最初は感覚的なものでしかなかったことが後に真理だったとわかることは少なくないからだ。

 ただそれが果たして純粋に感覚的なものなのかというところには疑問が残る。彼らがそのように感じる以前に「イルカは賢い」「イルカは人間のことを理解できる」という刷り込みが存在しており、それが彼らの間隔に影響を与えているのかもしれない。そのことについては疑いを挟んでおく必要があるかもしれない。

 もっともそれを感じたのは、彼らが殺戮されるイルカたちの声を聞いているシーンだ。彼らはその声を聞きながら涙を流す。彼らにはその声は断末魔に聞こえるからだ。確かにこの映画を見てるとその声からは苦痛が聞き取れるようにも思える。しかし本当にそうなのだろうか? もしその声がいつ録られた声かを明かさずに彼らに聞かせても同じように感じるのだろうか?

 そしてそのような感覚から組み立てられた彼らの主張は、音楽の使い方、モンタージュの仕方、彼らの行動がファシストに対抗するレジスタンスのように移る構成の仕方などによって強固な主張であるかのような手ごたえを観客に感じさせる。それはまさにプロパガンダのやり方だ。

 しかし私はそれが悪いとは思わない。どんなことにも賛成する人がいれば反対する人がいる。そのどちらが優勢になるかは議論や宣伝やあらゆる手段を通じてどちらがより多くの支持を集めるかで決まるのだ。だからこの映画は片方のサイドによるプロパガンダであると堂々と主張すればいいのだ

 ただ、そうだとするならば、彼ら自身が太地町が学校給食にイルカ肉を使わせることをプロパガンダと呼ぶのには違和感を感じざるを得ない。彼らはそれで自分たちはプロパガンダではないと主張しようとしているのかもしれないが、その試みは失敗に終わっている。この映画は面白いが、この映画には客観性がないし、論理性もない。でもそれでいいのだ。

 ただ、土本典昭の水俣シリーズの映像を「悲惨な運命の人たち」という文脈でなんのフッテージもなく使うというのには違和感を感じた。自らが作り上げたプロパガンダならいいが、ほかの人が作ったものを自分に都合のいい文脈で使うというのはその作り手に対して失礼ではないかと思う。

 この作品ではIWCにおいて日本が小国の票を金で買っていると非難するがその部分にも違和感を感じる。国際社会においてはそのようなパワーゲームは当たり前のことではないか。そのようなパワーゲームをしていることを持って日本を非難するというのは問題の本質からだいぶ外れてしまうことだ。感覚から発展した彼らの主張と、この政治的な批判ではベクトルが違いすぎて、それを統合することは難しい。

 また、イルカ肉は水銀が蓄積しているから食べないほうがいい、だから獲るべきではないという議論もずれているように思える。それは消費者の選択の問題であってイルカを獲るかどうかという問題の本質にはかかわりのないことだ。

 そんな中、この映画は敵である日本人を攻撃することによって、私たち日本人にひとつの利益をもたらしてもいる。それは私たちの知る権利を実現しくれているということだ。

 この映画は最終的に日本人の目からも隠されてきた太地町のイルカ漁の実態を明らかにする。このやり方は確かに彼らが言うように問題があるように私には感じられる。しかもそれを公開しないというのは、公開したら反対されることがわかっているからで、そうしたら自分立ち退きと権益が脅かされるだろうと予想しているからだ。そのようなことを隠されたままにしておくことは日本人全体を考えると決して利益にはならない。

 感覚、感情に訴えて反対を主張する彼らと、隠すことによって反対の声が起きるのを防ごうとする漁師たち、果たしてどちらの味方をしたいと思うか、それは人それぞれでいい。そんな単純な二元論では語りつくせぬ様々な議論がこの問題にかかわっていることもここで明らかにされているのだから、それもあわせてみた人それぞれが結論を出せばいいことだ。

 この映画の意見に与するにしろしないにしろ、その判断の材料を与えてくれたこの映画は見るに値する作品だと思う。

ザ・コーヴ
Database参照
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国別・年順: アメリカ2001年以降

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