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恋する幼虫

2004/11/13
2003年,日本,110分

監督
井口昇
脚本
井口昇
撮影
西川裕
太田丈
井口昇
音楽
北野雄二
出演
荒川良々
新井亜樹
乾貴美子
松尾スズキ
唯野未歩子
伊勢志摩
村杉蝉之介
preview
 少年の頃に覗き見た光景を性的なトラウマとして抱える西尾フミオは漫画となっていた。そんな西尾のところに新しい担当者として新人の藤井ユキがやってくるユキは恋人がいながら、男性に触れらることを極度に怖がり、寝るときも恋人を縛って寝ていた。ユキは西尾をコントロールするように編集長に言われ、あるとき西尾の原稿に駄目出しをするが、それがきっかけで西尾の心の何かが崩れた…
 『クルシメさん』のナンセンスさで話題を呼んだ井口昇の久しぶりの長編一般映画。松尾スズキをはじめとした大人計画の役者たちが主要な役を占め、井口昇の幻想を見事に映像化している(井口昇は大人計画にたびたび客員出演している)。
review
 『クルシメさん』もすごかったが、この作品はもっとすごい。井口昇の作品に共通するテーマは、異形とトラウマと純愛である。この映画の最初は主人公である西尾フミオが子供の頃に見た憧れの従姉妹のお姉さんが恋人に目玉を眼窩から引き出され、引っ張られて引っ張られて戻され、恍惚の表情を浮かべるという光景だ。井口昇なら、これが現実でもちっとも驚かないと思ったが、これが目撃してしまった性行為の子供なりの解釈であるということが後に示される。
 つまり、これは彼のトラウマ(本人が認識しているからトラウマかどうかは微妙なところだが)であり、それをきっかけにして、彼は何かのきっかけで極端な暴力を振るう(簡単に言えば切れる)人間になってしまった言うことらしい。このあたりがストレートに語られるのではなく、婉曲的にしかし観客に確実にわかるように組み立てられているのが『クルシメさん』から映画的に進歩した点だと思うが、それはあくまで語り口の問題であり、語ろうとしている本質的な部分は変わらないのではないかと思う。

 この映画のふたりの主人公はトラウマを抱えることで、外部を遮断する。ユキのほうはそのトラウマの原因がなんだかはわからないが、そこに松尾スズキ演じる恋人はじわじわと染み入ってくる。彼はかなり不思議なキャラクターだが、彼はトラウマを抱えるユキによっての外部の象徴のような存在であり、彼とうまくやれることがいわゆる一般社会とうまくやっていけることを意味するのではないかと思う。だから彼女は彼とうまくやって行こうと努力するわけだが、その壁はなかなか越えられない。
 そこで現れる西尾に彼女は何かを感じとる。互いに外部から距離をとり、お互いはかけ離れた存在ではあるのだが、その外部からの距離感の一致が奇妙な一体感を生み出したという感じだ。
 ふたりはともにトラウマを抱えているが、西尾のほうは恋愛-セックス-暴力が関連付けられているのに対し、ユキのほうは恋愛-セックス-苦痛が関連付けられているのではないかと思う。そのふたりのトラウマが結びつき、さらにユキの容姿に関するコンプレックスも絡み合って、そこに異形が現れる。
 異形が現れたのは、西尾というある意味理想的なパートナーに出会い、そこでトラウマとコンプレックスを具体化させ、自身に穴を開けることで、その穴からトラウマを解放するという方向性が生れたのではないかと思う。異形から生れた吸血鬼という性質は外部のものを取り込むと同時に、自己を伝染させ、複製させていくものである。
 彼女は結局、外部と折り合っていくことをあきらめ、自らのトラウマを解放し、逆にそのトラウマを社会に伝染させていくという方法を選んだのではないだろうか。このある種の逆転によって彼女は解放され、自己の世界を確立することが出来たのだ。

 と、哲学的に考えてしまいたくなるのが、井口昇の映画である。基本的にはエロ・グロ・ナンセンス、コンセプトの中心には笑いがあるのだが、そこには常に無視できない痛々しさがある。
 世間では大人計画といえば宮藤官九郎がもてはやされ、松尾スズキも知名度を得てきたわけだが、真の才能はここにあるのかもしれないと思う。宮藤官九郎の面白さに加えて松尾スズキはシニカルがあり、井口昇にはさらに哲学がある。
 グロテスクさやら、安っぽさやらで、どうも理解されにくいだろうことは想像に難くないが、現代の本当のリアリズムというのはこういうところにあるのではないかとも思ったりする。複雑な現代の人の心をリアルに表現しようとするならば、このような過剰な幻想の映像化が必要なのではないかと思うのだ。これが安っぽくグロテスクなのは、リアルすぎるよりも抵抗感をなくすと思うのだが、一般的にはそうではなく、軽視される理由になるらしい。
 ぜひ、先入観を捨ててみて欲しい一篇。
 矢口史靖見たいにヒット作を飛ばせば、初期作品も見直されるのかなぁ…?

Database参照
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国別・年順: 日本90年代以降

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