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狂った果実

2005/2/2
1956年,日本,86分

監督
中平康
原作
石原慎太郎
脚本
石原慎太郎
撮影
峰重義
音楽
佐藤勝
武満徹
出演
石原裕次郎
津川雅彦
北原三枝
岡田真澄
東谷暎子
ハロルド・コンウェイ
preview
 夏久と春次の兄弟は鎌倉に住み、葉山にモーターボートを持つ若者。弟の春次は太陽族である兄とその仲間に反感を持ちながら、時折一緒に遊んでもいた。そんな兄弟がモーターボートに乗っていると、春次が駅で見かけ、一目惚れした美女・恵梨が一人泳いでいた。恵梨はそのとき海水帽を忘れ、春次はそれをきっかけに恵梨と仲良くなるが、恵梨を兄たちのパーティーに連れて行って…
 石原慎太郎の同名小説を新人の中平康が監督した、石原慎太郎の初主演映画。裕次郎はまだ素人くささが残るが、存在感は十分。主題歌も歌い、映画の中でも少しだけ歌声を披露している。
review

 この作品は津川雅彦のアップで始まる。同年の石原裕次郎のデビュー作、『太陽の季節』を見ていれば、その作品で主演していた長門裕之とやけに似ていることに気づく。兄弟だから当たり前といえば当たり前だが、何か新鮮な驚きという感じもする。この作品は石原裕次郎の初主演作でもあるが、津川雅彦の本格的なデビュー作でもあり、中平康の監督初公開作でもある。つまり、ここには日活のフレッシュな才能が集まっているということだ。もちろん原作・脚本の石原慎太郎も若者の代表であり、まさに若者の映画であったということだ。
 そんな中、ある程度の実績を持ってこの映画にのぞんだ北原三枝には落ち着きがある。今では裕次郎の映画と騒がれるが、この映画の中心はあくまでも北原三枝なのだと思う。映画の内容としても、北原三枝演じる恵梨をめぐる男たちの関係が描かれているものであり、物語の中心にいるのは北原三枝なのである。
 映画の前半は春次が駅で見かけた恵梨の謎をめぐって展開される。海で再会したあとでも名前すらわからない謎の女。それでも、また出会うということを夏久は確信し、その謎をいたずらに解かせようとはしないのだ。そしてその謎を突き止めてしまうのは夏久であり、春次はいつまでもその謎を知ることはない。夫がいながら、春次を好きになってしまう。そして夏久とも関係を持ってしまう。そう書くと「魔性の女」的なキャラクターを思い浮かべるが、実はそうではない。なぜ初老の外国人と結婚することになったのかはわからないが、ともかくも恵梨は春次を本気で好きなのだ。魔性というよりは、男に振り回される女、若くしてそのような性質を身につけてしまった恵梨の不幸がこの映画の核になる。
 核になっているのだが、それは表に出てこない。表に出てくるのは石原裕次郎と津川雅彦の兄弟の確執である。もともとはすごく仲のよかった兄弟の関係が一人の女をめぐって変化していく。それがこの映画の主プロットになるのだ。その物語は『太陽の季節』に似ている。『太陽の季節』も一人の女をめぐる兄弟の物語であった。そして、3人の関係性も驚くほど似ている。先に女に目をつけるのは弟であり、そこに兄が入ってくるという関係である。
 このふたつの作品に違いが出てくるのは、その女のキャラクターである。それはつまり恵梨の過去である。『太陽の季節』の女・英子(南田洋子)はあくまでも普通の若い女性であり、複雑な背景はない。
 その違いによってこの『狂った果実』は見ごたえのある映画となっている。しかし、その肝心の恵梨の過去/不幸は十分には描かれないというところには不満が残る。兄弟の確執などという問題は、若者のいわゆる若気の至りとでも言うべき、空騒ぎに過ぎないのに対し、恵梨の物語はもっと深い物語であるように思えるのだ。「太陽族」というムーヴメントを描くいうのが主題ならば、その兄弟を描いていればいいといえばいいのだが、どうも映画として、時代を超えた魅力を持つためにはそれでは足りないという気がする。

 しかし、ラストシーンを見ると、そんな考えも吹っ飛ぶ。この映画のラストシーンはかなり衝撃的なものだが、ここには太陽族というジャンルを越えた、若者の普遍的な姿が立ち現れてくるように思える。それは、若者とはいつの時代も宙ぶらりんの存在であるということ、それを体現している春次に観客の目を向けることによって、時代性を乗り越えることが出来たのではないかと思う。

Database参照
作品名順: 
監督順: 
国別・年順: 日本50年代以前

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