愛より強い旅
2006/5/16
Exils
2004年,フランス,103分
- 監督
- トニー・ガトリフ
- 脚本
- トニー・ガトリフ
- 撮影
- セリーヌ・ボゾン
- 音楽
- トニー・ガトリフ
- デルフィーヌ・マントゥレ
- 出演
- ロマン・デュリス
- ルブナ・アザバル
- レイラ・マクルフ
- アビブ・シェック
- ズイール・ゼカム
パリの下町で暮らす青年ザノと恋人のナイマ、裸で朝目覚めたザノはナイマにいきなり「アルジェリアへ行こう」という。実はザノの両親はアルジェリアで育ち、ナイマもアラブにルーツを持っていた。その2人が着の身着のままでヨーロッパを南下し、アルジェリアに向かう…
ジプシー音楽やフラメンコを題材とした作品を撮ってきたトニー・ガトリフがヨーロッパからアラブへと音楽とともに旅する若者を描いたロード・ムービー。
トニー・ガトリフといえば音楽、そして今回の主演は『ガッジョ・ディーロ』でも音楽を巡ってさすらう男を演じたロマン・デュリス。ここまでですでに舞台は整った。しかし、映画の冒頭で、ロマン・デュリス演じるザノは「音楽はやめた」といい、バイオリンを壁に塗りこんで旅立つ。これが意味するのは音楽との決別か、それとも再び音楽と出会うたびなのか、そもそもクラッシック音楽とは無縁に見えるザノがなぜ音楽をやめることの象徴としてバイオリンを壁に塗りこめるのか。そのような謎を孕んだまま旅は始まり、映画も始まる。
そして映画は音楽と微妙な距離をとり続ける。ザノとナイマは常にヘッドフォンで音楽を聴き続けるが、旅の途中でジプシーと出会っても彼らの音楽は奏でられないし、フラメンコ(厳密に言えばセビリャーナ)を見に出かけても、ナイマは音楽に集中していない。それらを見ると、この旅はプリミティヴな音楽に出会うことによって、彼らが音楽を再発見するたびではないのではないかという気になってくる。
むしろ映画の中心となるのはアルジェリアへの旅で出会う人々である。彼ら自身も持ち金がなく、途中不法移民たちとともに日雇い労働で資金を稼いだりするが、そこで出会うアラブの人々との交流が隠されていた彼らのルーツと感性をつまびらかにしていく。ザノはアルジェリアに両親のルーツがあるとはいえ、彼らはあくまでも入植者でしかなかった。いくら現地の人たちのために尽くしたとは言っても支配階層なのだ。そ
れに対してナイマは移民としてアラブからフランスへやってきた被支配階層の出身である。フランスではもちろん対等の関係にあった2人が、旅が進むにつれて対等ではなくなっていく。それは彼らの関係の変化ではなく、周囲の環境の変化によってもたらされるものだ。
そこには根本的な価値観の違い、国籍とは関係なく見た目あるいは名前から、先入観を持って見られるということ、そのような私たちの日常に存在している理不尽ではあるけれど、理不尽であるということに気づきにくいようなことがたくさん転がっている。文化あるいは文明の衝突などというと大げさだが、文化が混交して行く中で、このような行き違いはいたるところで生まれる。混交した文化の申し子とも言えるザノとナイマがそのルーツへつ向かう旅の中でそのような行き違いに出会うというのは非常に示唆的であるといえるだろう。
これまで音楽によってそれぞれの文化の特殊性と、音楽を通すことによる文化の普遍性をずっと描いてきたガトリフだけに、そのような衝突や行き違いに対しては繊細な感性を持っているし、それをわれわれに伝えようという意図も伝わってくる。それは『僕のスウィング』でジプシーの少女と白人の少年の交流から生まれた文化の小さな混交にも通じるものなのだ。
そして、最後にはやはり音楽が見出される。そのシーンは衝撃できでもあり、感動的でもある。人間の意識の深層に作用する音楽は文化という壁を容易に乗り越え、人間の根源的な“何か”に迫る。劇中でザノは自分の宗教は音楽だといったが、彼らの捜し求めたルーツもまた音楽であったのだ。