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ベストセラー

父親たちの星条旗

★★★★-

2007/5/1
Flags of Our Fathers
2006年,アメリカ,132分

監督
クリント・イーストウッド
原作
ジェームズ・ブラッドリー
ロン・パワーズ
脚本
ポール・ハギス
ウィリアム・ブロイルズ・Jr
撮影
トム・スターン
音楽
クリント・イーストウッド
出演
ライアン・フィリップ
ジェシー・ブラッドフォード
アダム・ビーチ
ジェイミー・ベル
バリー・ペッパー
preview
 1945年、硫黄島を制圧すべく上陸したアメリカ軍は思わぬ苦戦を強いられた。しかし本土では、擂鉢山に6人の兵士が星条旗を掲げる写真が新聞各紙の一面を飾り、戦争に飽んでいた国民に“勝利の象徴”として熱狂を持って迎えられた。そして、そのうちの3名が英雄として迎えられるのだが…
  この有名な写真に登場する6人のうちのひとりの息子ジェイムズ・ブラッドリーのノンフィクション「硫黄島の星条旗」をクリント・イーストウッドが「硫黄島2部作」の一篇として映画化、写真の裏に込められた真実のドラマを描き出した。
review

 この映画は硫黄島の戦いを描いた作品ではなく、硫黄島の戦いに際して撮られた写真から発した人々の物語を描いた作品である。この写真は、アメリカ政府にとっては国民(とそのお金)を再び戦争に向けさせる起爆剤であり、国民にとってはアメリカの勝利と強さの象徴であったが、そこに写った兵士たちにとっては誤謬以外の何者でもなかった。
  この作品はそのことを、あえて時間軸を交錯させ、時には同じシーンを反復させじっくりと描いて行く。この作品の主人公であり、原作の著者の父親である“ドク”は旗を掲げ、写真に写った当事者でありながら、この騒動を冷静に見つめる目を持った観察者である。この主人公が存在することでこの物語は非常にわかりやすくなる。
  まず、話を組み立てなおすと、この写真が撮られたのは硫黄島の重要ではあるがひとつの地点に過ぎない擂鉢山が制圧された時点のことであり、先頭はそれから30日以上続いた。そしてその間に写真に写った6人のうち3人が戦死し、他の多くの兵士も戦場に倒れたのだ。さらには、この写真とは別に、別の国旗を別の兵士が掲げた写真があったという。政府は彼らを英雄に仕立てて国民に戦時国債を買わせるためにそれらの事実をあえて公表しない。
  そのことは、兵士の一人であるアイラ(チーフ)の良心をさいなみ、また戦死した兵士たちの親たちを混乱させる。アイラにとっては写真に写っているかどうかなどどうでもよく、自分が英雄などという気持ちにはなれないのだが、写真に写っていることこそが英雄の証拠だと考える親たちにとってはその写真に自分の息子が写っているかどうかこそが大問題なのだ。
  そこに現れるのは、写真というメディアの持つ力の大きさと、それを利用するアメリカ政府のずるがしこさである。映画の序盤でインタビューを受けたもと将校が「写真が戦争の勝敗を決することがある」と言ってこの硫黄島の写真とベトナム戦争で南軍の警察官がベトコンを射殺する写真(多分これ)をあげているが、それらの写真が戦況に決定的な役割を果たしたことはおそらく事実であり、写真にはそれだけの力があるということだ。
  そして、アメリカ政府はその写真の力を知り、それを利用する術を知っていた。だから従軍写真家を常に派遣し、多くの写真を送らせてきたのだ。実際に戦況を決定付けたのはアメリカ政府のこの戦略だろう。もし本当に、この写真が存在せず、国民が(ベトナムやイラクのように)戦争に反対し始めたら、アメリカは日本に妥協せざるを得ず、沖縄上陸も原爆投下もなかったかもしれないのだ。もちろん、それを日本政府がよしとしたかはわからないが、歴史が多少なりとも変わっていたことは確かだろう。

 そのような戦争の裏事情を描く一方で、この作品は同時に戦場の兵士たちの心情も描いている。結論としては彼らは祖国のために戦っているとは言っても、実際は目の前にいる戦友たちのために戦っているということだ。これには私も同意出来ると思う。様々な戦争映画や、戦争にまつわる書物や、実際に戦場を体験した人々の発言などを見たり、聞いたりしていつも思うのは、彼らが戦場という非人間的な空間で自分を奮い立たせる最も大きな要因が戦友だということだ。自分が戦わなければ戦友が死んでしまう、そのことが彼らを戦いへと向かわせるのだ。祖国に対する愛でも、的に対する憎しみでもなく、友に対する愛情が彼らを戦わせるのである。
  それを最後に言葉にしてしまったことで、少しわかり安すぎ、安っぽくなってしまったという印象もあるが、これをはっきりさせることは重要なことだった。これを明らかにすることによって戦場と本国の政府との乖離が明確になり、戦争というものの全貌が見えてくるからだ。あえて残酷な映像によって表現された戦場の悲惨さと、本国のお祭り騒ぎ、その対比から見えてくるものはなんだろうか。
  それはこの映画を見た各自が考えるべきことであるが、クリント・イーストウッドが自分の気持ちをアイラに込めたことは明らかだ。彼が体現する絶望感と痛み、それを想像してみればこの作品がかたろうとしていることは自ずと見えてくる。映画としては少々あざとい気もするが、このようにして戦争の悲惨さを語ることは是非に必要なことであり、この作品には十分な意味がある。戦争後、アイラがポケットに忍ばせていた小さな星条旗、その大きさこそが、“父親たちの星条旗”の大きさなのではないか。

→『硫黄島からの手紙』

Database参照
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国別・年順: アメリカ2001年以降

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